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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第904話 「偽名、オーディン・グライト」

 呆れる程の月日を超えた。何年も、何年も、我が輩は一つの目標へ向けて走り続けた。ゴールなど無く、休憩地点も無い。我が輩がやっている事はそれ程の理想論だ。人間に可能な領域を逸脱しておるかもしれん。それでも、それでも、諦めなかった。


 悪行をして、それを喧伝し、敵を倒し、他の悪党も倒す。その繰り返し。そして、どれだけ悪党を続けようと殺人はしなかった。「我々の悪行のためには被害者たる存在が必要で、それを減らす行為は愚かだ」と主張しつつ。それは半分建前で、半分本心だ。「我々が唯一の悪で、世間はそれを糾弾する側」という形式はちょうど良く保たねばならない。『被害者』と『加害者』のバランス調整は必須だ。需要と供給のバランスが崩れた時に景気が乱れるのと似ている。


 我が輩はランクトプラスを出て行った日から偽名を使っていた。何個の名前を考えたか、数え切れない。30年近く経った頃には、「オーディン・グライト」と名乗っていた。偽名に意味は無い。アルディーノ・ランクティアスでなければ何でも良い。


 「オーディン」と名乗る少し前、とある老人が我が輩に剣を寄越した事があった。奴は「キャリア・スカーロ」と名乗り、二本の武器を見せた。

「……選べ」

 キャリアは、どちらか片方の武器を我が輩に譲るつもりらしい。一つは、見る者を魅了するような美しい刀。もう一つは、失敗作にしか見えない不恰好な剣だった。

「貴様、武器商人か? 別に剣を買う気は無いが……」

 奇妙な老人を追い払おうと、我が輩は拒否の言葉を述べた。だが、キャリアは首を横に振った。

「……俺は、鍛冶屋だ。金は、要らん」

 彼はどうしても我が輩に武器を渡したいようであった。理由を聞くと、「剣がお前を求めたのだ」と意味不明な返答をされた。

 特殊なタイプの不審者だが、イーヴィル・パーティーとして生きてきた30年でさらに酷い不審者にも会ってきた。今更、変な老人に戸惑ったりはしない。だが、不思議だ。この男の圧倒的な存在感から目を離せない。目の前の鍛冶屋から武器を受け取らねばならないような気分に陥っていた。

「世界は広い。妙な人間もいるものだな」

 我が輩は不恰好な方の剣を手にした。何故とは言えないが、我が輩にはこちらが相応しいと思ったのだ。その思いは、剣の名前を聞いた途端に確信へ変わった。

「……そうか。『加害の一振』を選んだか」

 加害。加害ときたか。素晴らしいではないか。人類に恐れられる悪党が、『加害の一振』を手にしたとは。

「そちらの刀も我が輩を求めたのか?」

 我が輩は、もう一つの刀を見た。キャリアは選ばれなかった方の刀を持ち、去って行った。

「……無論。いつか再び出会うだろう」

 無口で声が小さく、その上言葉足らずな男だった。だが、キャリアの言葉は心の奥に刺さる感覚があった。意味はよく分からないが、キャリアの伝えようとしている事は理解出来た。

「ならば来るが良い。この剣は存分に悪用させてもらうぞ」

 既にキャリアは姿を消していた。風のように現れ、霧のように失せた謎の鍛冶屋。残されたのはこの『加害の一振』のみ。

 この奇妙な時間は、イーヴィル・パーティーの活躍に大きな貢献を生んだ。『加害の一振』は人の五感を刺激し心身を壊す能力。場合によっては、傷一つ負わせずに敵を倒す事も可能になった。『人を殺さず悪を為す』我が輩にとって、これほど便利な剣は無い。我が輩の悪名は、さらに広まる事となった。


「あひゃひゃひゃひゃ! アタイらに刃向かえる奴なんていねーな! だろ? ボス!」

 イーヴィル・パーティーの『仕事』を終えた夜、我が輩は組織の仲間であるサジェッタ・ナリエシルと飲み交わしていた。サジェッタは少女のような風貌だが、酒も飲める年齢だ。と言えど、我が輩から見れば小娘に等しい齢だが。

「言うまでもない。我らは世界一の悪党であるぞ。敵う者などいまい」

 我が輩はサジェッタのペースに合わせてガブガブと酒を飲んだ。サジェッタは今日の儲けに目を輝かせ、上機嫌で酔い痴れていた。

「あんたについて来て良かったって、やっぱ思う訳。ボスみてぇに強い奴がいりゃ、アタイの毎晩のアルコールも保証されるしな!」

「貴様は誠に酒が好きなのだな」

「当たり前だろ? こんなクソみてぇな時代に、信じられるのは酒だけだ」

 サジェッタは鬱憤を酒で晴らしていた。絶望の時代において、感情の矛先になってくれる相手は必要だ。人類にとっての『それ』になるべく、我が輩は最善を尽くしてきた。否、『最悪を尽くしてきた』か。

「でも、強い男も嫌いじゃねぇよ。ボスは見た目も良い方だし……いやでも、あんたは無ぇな。中身が駄目だ」

「ほぅ」

 唐突に我が輩を品定めしたかと思うと、無遠慮に罵倒するとは。この口の悪さがサジェッタの味だ。イーヴィル・パーティーにいるのなら、そのくらいでなくてはな。

「ボスはいつまで経っても中身が変わんねぇんだよな。ガキっぽいっつーか。純情っぽいっつーか。子供じみた妄想を永遠に信じてそうな感じ。ダセーわ」

「言うではないか。我が輩が子供だと?」

 我が輩の歳は40を超え、若さなど感じられない風貌になっている。肉体は軍事学校にいた頃より強くなったと自負しているが、やはり見た目の若さは失われている。そんなものは『悪』になる上でどうでも良いので、気にしてはいないが。見た目の年齢と共に、精神も大人になって然るべき所だ。だが、サジェッタは我が輩を子供のように扱う。10年以上年下でありながら。

「大人になると心は荒むものだろ? 荒まない方がおかしいっつーの! でもよ……何っつーか……」

「我が輩とて心は悪に染まっておるぞ」

「そりゃあんたは悪人だ。でもアタイが言いたいのはそうじゃねぇんだよ……。要するに……あんた、結構ピュアな悪党だよなって」

 真面目な顔でサジェッタは言う。その突拍子も無い単語に、我が輩は珍しく面食らってしまった。ピュア? 我が輩が? 似合わないにも程がある単語だ。だが、サジェッタが言うのであれば、あるいは……。

「……ケッ! 何らしくねぇ事言ってんだアタイは! 酔いすぎたか?」

「かもしれんな」

「ちょっと肝臓休ませるわ。おい店主! ウィスキー水割りで持ってこい!」

「休むのではないのか?」

「水入ってるだろ」

 呑んだくれの理屈は意味不明だ。我が輩とて飲まない方ではないのだが、サジェッタを見ていると自分のジョッキの中身が水に思えてくる。

「……ふっ。滑稽ではないか」

 酒の席とは言え、らしくない話をしてしまった。我が輩に愛だの恋だのは不要だ。学生時代も、そういった感情は切り捨ててきた。色恋などに現を抜かさず、鍛錬を続ける事が英雄にあるべき姿だ。故に我が輩は、サジェッタは無論の事、他の女にも興味を持たなかった。競い合うライバルはいたが、支え合う恋人などおらん。

 我が輩は一人で歩いてきたのだ。ずっと。ずっと。

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