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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第894話 「ヅィックの嫉妬」

 それからも我が輩は、暇を見つけてはヅィックに声をかけていた。ヅィックは首を縦に振ろうとはせず、我が輩から逃げていた。しまいには、我が輩を見ただけで逃走するようにもなった。

「何故だ! 何故逃げる!」

 我が輩は業を煮やし、ヅィックを追いかけた。ヅィックは顔面蒼白になりながら走り続けていたが、やがて体力が無くなったのか足を止めた。

「お……前……こそ。なんで……俺を……追うんだよ」

 息を切らしてヅィックは言った。必死にこちらを睨んでいるが、怒っているというより怯えているように見えた。

「貴様を強くし、貴様を救うためだ。貴様が怯える必要は無かろう」

 ついでに言えば、愚かなクラスメイトの目を覚ます目的もあった。だが、それは言うなとギルから釘を刺されていたのだ。今ギルは用事があって離れているが、だからと言って約束を違える訳にもいくまい。

「俺を……強くする?」

「そうだ。もっと努力すれば、貴様は強くなれる。一人でやれ、とは言わん。我が輩と共に修行するのだ。まずは先日の戦闘訓練の続きだな。我が輩に一太刀浴びせられるくらいにはなっておけ」

 我が輩は木刀をヅィックに差し出した。ヅィックはそれを見た途端、目を見開いて震えだした。

「もっと負けろって……そう言うのか」

「何?」

「もう懲り懲りなんだよ! 俺が弱いって事、これ以上見せつけられるのは! そんなに俺をボコボコにして楽しいのか! 弱い者イジメがそんなに好きなのか! お前も!」

「違う。我が輩は貴様に害意など抱いておらん」

 どうやら誤解を招いたらしい。我が輩は強き者と戦うのは好きだが、弱者をいたぶるのは好まん。だからヅィックの境遇を見過ごせなかったのであり、彼にもっと強くなって欲しいと願った。共に強くなろうと、そう言いたかっただけなのだ。

「どうせ、お前もあいつらと同じだろ。人気者様に俺の気持ちが分かるもんか!」

「貴様は妙に我が輩を嫌っておるようだな。我が輩が何かしたのか? だとしたら謝罪しよう。だから我が輩の話を聞いて……」

「うるせえ! その態度が気に食わねえんだよ! ってかお前が気に食わねえ! どうせ俺の事見下してるくせに、優しいフリすんなよ! 死ね!」

 すっかり息を整えたヅィックは、我が輩への罵詈雑言を吐き出してまた息を乱した。そしてまた我が輩の前から去る。

「…………」

 今度は追いかける気になれなかった。一体、どうしたと言うのだ。ヅィックが何を考えているのか、全く理解出来なかった。優しく接するよう心がけてみたら、「優しくするな」と拒まれた。そんな理不尽があるのか。


「そりゃ嫉妬だろ」

 その日の放課後、中庭で共に茶を飲みながらギルと話した。事情を伝えると、ギルは即座に答えを教えてくれた。

「嫉妬?」

「そ。学業、戦闘共に学年一位で、しかも学校中の人気者のお前に嫉妬してんだ。ヅィックは真逆だからな」

 ギルは水筒の茶を飲みながら言った。当たり前のように現状を把握しているギルとは裏腹に、我が輩はうんと頭を抱えていた。

「ふむ。自分に無いものを羨む気持ちは分かる。我が輩とて、父上の高みに辿り着けず渇望する日々だ。だが、憧れの感情はむしろ己の背中を押してくれるのではないか? 努力をしない理由になるとは思えん」

「惜しいな。憧れ、じゃなくて嫉妬だ。『自分もあの人みたいにすごくなりたい』って気持ちではなく、『自分よりすごいあの人が憎い』って気持ち」

「我が輩は父上を憎んだ事など一度も無いぞ」

「だろうな。アルっていつもオルディードさんの自慢してるし。だからお前には分からんよな」

「そうか……。我が輩も未熟だったようだな」

「別に責めちゃいないぜ。人の気持ちなんて分からんのが普通だ。俺だって、アルの気持ちを完全に理解してる訳じゃない」

「ギルは我が輩の親友ではないか」

「そうだけど、それはそれとしてお互いの心は分からないもんだ。で、話を戻すけどよ。ヅィックはお前が嫌いなんだ。それは、お前が悪人だからじゃない。お前が人気者だから嫉妬してんだ。ヅィックにとっちゃ、いじめっ子もお前も同類に見えた訳」

 理不尽な話だと思った。我が輩が人気だからというだけで、ヅィックにとって我が輩は無条件に『悪』になるのか。言動の良し悪しに関わらず立場だけで『悪』のレッテルを張るのは、ヅィックがされている事と変わらないのではないのか。

「我が輩は何度も奴を助けたつもりなのだがな」

「助けられたとは思ってないのかもな。嫌な奴同士の仲間割れだと思ってたりして」

「勘違いも甚だしいな。少しくらい恩を感じても良かろうに」

「嫌いな人に感謝したくないんじゃないか?」

「むぅ……助けても優しくしても嫌われるとは。しかし、奴とて強くなりたいのではないか? 現状を良しとしているのではなかろう」

「強くなりたい……まぁ、思ってるだろうな。でもあいつは努力しない」

「何故だ。それが一番理解し難い」

「負けるのが怖いんだろ。いじめっ子に刃向かってやり返されるのが怖い。お前と訓練してお前に負けるのが怖い。自分が未熟だって現実と向き合うのが怖い……そんな所か」

「我が輩とて敗北は数えきれん。だが、敗北こそが己を高める糧ではないのか」

「失敗を異常に恐れる奴もいるんだぜ。特に、失敗を馬鹿にされてきた奴はな。どのクラスにも一人はいるぞ。劣等感の塊みたいな奴。そういう奴は、『負けちゃダメだ』って思いに囚われすぎて戦うのを恐れる。で、成長出来ずに劣等感がさらに増大する」

「……先程から貴様の口調、学者のようだな。ヅィックを分析したのか?」

「前も言ったろ。まずは相手の気持ちを知ろうとする事が大事だって。人の心なんて分からないけど、『興味を持つ』くらいなら出来る。……母さんの受け売りだけどな」

「ふむ。貴様も良き親を持ったのだな」

 人の気持ちか。確かに、我が輩は他者に無関心すぎたのかもしれん。ギルとの会話で、我が輩の欠点が見えてきた。


「しかし、どうしたものか。負けを恐れて挑戦しないのでは、いつまで経っても強くなれんぞ」

「だよなー。楽して強くなる方法なんて無い……って正論をぶつけても、あいつは聞かないだろうし」

 ギルも解決法に頭を悩ませているようだった。修行を拒む者に修行させるやり方など、学校では習わなかった。学校は「生徒はやる気があるもの」という前提で成り立っているからだ。

 八方塞がりに見えた。だが、諦めたくはない。ヅィックが追い詰められているのは明白なのだ。ならば、助けずして何が『正義』であろう。学友すら救えぬ者が英雄を目指せるものか。

「アプローチを変えてみるか。俺はヅィックに心開いてもらうよう頑張ってみる。アルはクラスメイトを説得してくれ。こんな事はもうやめろ、ってな」

「良かろう」

 結局は話し合いに頼る事になるのか。しかし、何もしないよりはマシだろう。我が輩の心には、まだ僅かな希望があったのだ。クラスメイトとて、共に学ぶ仲間。根っからの悪人ではない。ヅィックの事が絡まなければ、皆真面目な学生だ。だから話せば理解してくれるだろうと。

 我が輩はまだ、善悪で物事を結論付けようとしていたのだ。それがいかに愚かで稚拙な二元論だったか、この時は知らない。

 『悪』でないなら理解し合えるだと? 人は理解し合えないと、ギルが教えてくれたばかりではないか。そこに善悪が関係すると、何故思い込んでしまったのか。

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