表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
923/1030

第893話 「修行の勧誘」

 放課後、図書室に向かうとギルが読書をしていた。どうやら、大衆向けの小説を読んでいるらしい。

「ギル。何を読んでいるのだ?」

「おう、来たかアル。司書さんに聞いてみたんだ。ヅィックが普段何を借りて読んでるかってな。そしたらこれを貸してくれた」

 ギルは本を閉じ、我が輩に渡した。軽く読んでみたが、普段小説など嗜まない我が輩にはよく分からない。

「どんな物語なのだ?」

「冒険小説だな。異世界に行った少年が、強大な力で敵を倒していく話。最初は最弱だと謗られていた主人公が、実は最強だったと判明していくのが醍醐味らしい」

「ふむ」

 最弱が最強か。そんな事をヅィックも言っていたな。しかし、この小説はフィクション。現実ではない。

「ヅィックの趣味を知ってどうする気だ?」

「これから一緒に強くなろうって相手を知らずして、そっちこそどうする気だよ。まずはヅィックの気持ちを理解する。そこからだぜ」

「くだらんな。奴には強くなるべき理由がある。ならば自ずと力を求めよう。我が輩との修行を断るはずもない」

 我が輩はギルの考えを一笑に付した。ヅィックは我が輩について来てくれるはずだと、信じて疑わなかったのだ。人は皆必死に努力するはずだと、希望論で語っていた。


「そうか? まぁ試してみないと分からないが」

「行くぞギル。ヅィックはどこにいる」

「もうすぐ来ると思うぜ。……ほら、噂をすれば」

 ギルは図書室の入り口に視線を向けた。そこには、俯きながら図書室に入るヅィックの姿があった。猫背で歩く彼は、全身に失望を漂わせていた。

「あいつ、最近毎日図書室に来てるんだと。司書さんが言ってた」

 ギルはヅィックの元へ向かった。我が輩も共に向かう。我が輩らに気付いたヅィックは、ぎょっとした表情でこちらを見た。

「お、お前はアルディーノ・ランクティアス! 俺に何の用だよ!」

 ヅィックの声は僅かに震えていた。取って食おうとしている訳でもないのだから、そんなに怯えなくとも良かろうに。

「貴様を探していたのだ。我が輩が直々に、貴様をしごいてやろう」

「し、しごく!? お前まで俺を……」

「おいおいアル。ヅィックが怯えてるぜ? 誤解を招く言い方はやめとけ」

 ギルは我が輩とヅィックの間に入って、説明を始めた。

「安心してくれヅィック。アルはお前をいじめたい訳じゃない。むしろお前の味方だ」

「何だよ、お前……」

「俺はギルドレイド・クルス。お前の事は聞いてるぜ。クラスメイトにいじめられてるんだろ? あいつらを見返してやりたいと思わないか? 俺達と一緒に強くなって、やり返してやろうぜ」

「ギルドレイド……! 学年二位の……」

 ヅィックは戸惑いながら我が輩とギルを交互に見た。我々の意図がイマイチ掴めていないようだった。

「暴行と嘲笑を浴びる日々は、さぞ辛かろう。だが、黙って受け入れているだけでは奴らは増長するだけだ。反逆の意思を見せねば事態は収まらん。今のままでは勝てんと言うなら、修行して強くなるのだ。我が輩も力を貸そう」

「修行だって? お前と一緒に?」

「そうだ。貴様は鋭い闘志を持っているはずだ。磨けば必ず光る。我が輩に木刀を向けたあの時の情熱を思い出せ。貴様は万年最下位で満足なのか? 違うであろう」

「…………」

 ヅィックは再び俯いた。返事が無いので不思議に思い顔を窺ってみようとしたが、すぐに「やめろよ」と小さな声で拒まれた。

「ここなら一人にさせてくれると思ったのに……。俺の邪魔するんじゃねえ!」

 ヅィックは脱兎のごとく逃げ出した。去り際に放った怒号は、廊下に響き渡った。

「おい! 待て貴様!」

 我が輩はヅィックを追いかけようとしたが、ギルが我が輩の腕を掴んで止めた。ギルは首を横に振って言う。

「追うな。ちょっと俺達、焦りすぎたみたいだな。日を改めようぜ」

「何を言う。悠長に待つ時間があるものか。奴の軟弱さを一刻も早く治さねば……」

「あいつはお前じゃないんだ、アル。誰もがお前みたいに全力で頑張れるとは限らない。努力をせず、現実から逃げたがる奴も大勢いるんだぜ」

「奴もそうだと言うのか」

 実に愚かだと思った。理不尽な仕打ちを受けておきながら、戦おうとも強くなろうともせず、ひたすら現実逃避だけしているというのなら。

 そんな怠け者がこの学校にいる事が信じられなかった。ならば一層、奴の弱さを叩き直さねばならない。それが『正義』だと信じた。

「貴様は我が輩と共に鍛錬の日々を過ごしたではないか」

「そりゃ、俺だからだ。少なくともあいつは、お前と肩を並べて走る体力は無い。無理させんな」

 ギルはヅィックに甘いように思えた。学業も実技も最下位のヅィックが、怠けている暇などあるものか。

「我が輩は諦めんぞ。弱いままで良いなど、あり得るものか」

 この時我が輩は、『正義』を貫こうとしていた。父上のような英雄になるためには、ここで自らの『正義』を捨ててはならない。必ずヅィックを強くし、大団円に導くのだと決意した。


 我が輩はまだ気付いていなかった。強固な『善』が生み出す歪みに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ