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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第892話 「イジメのある教室」

 違和感は、教室に一歩入った瞬間から感じていた。

 新年度初めての戦闘訓練が終わった次の日、我が輩の教室は変化を開始していた。ギル以外のクラスメイトには興味が無い我が輩であったが、それでも気付かずにはいられない。

 席が一つ減っていた。最前列の机が一つ、歯抜けのように失われている。そして、無くなった席を見てクスクスと笑う生徒が何人かいた。

 我が輩の後にヅィックが教室にやって来た。彼はすぐに席の消失に気付き、目を見開いて口をしきりに開閉していた。

「お、俺の……席」

 ヅィックは周囲を見て、ニヤけ顏のクラスメイトを発見した。

「お前らか! 俺にこんな真似してただで済むと……」

「ハァ? 何の話ぃー? 冤罪やめてくれよなぁ」

 ヅィックに睨まれた男子生徒はニヤニヤ笑うのをやめず、挑発するような口調で言い返した。そのやり取りを見ていれば、おおよその事情は把握出来た。この男子生徒、及びその取り巻きが、ヅィックの机と椅子を隠したのだ。何のための嫌がらせかは知らないが、ヅィックは大層怒っているので効果は覿面と言えよう。男子生徒の歪んだ笑顔は、実に悪意に満ちていた。

「俺を馬鹿にしやがって! ぶっ殺すぞ!」

「おいおいヅィックくぅーん。証拠も無いのに決め付けは良くないなぁー? 名誉毀損だぜ。そうだ、多数決で決めようか。おい、みんな! オレとヅィック、どっちが悪いか教えてくれよ!」

 男子生徒は他のクラスメイトに言い放った。どちらが『悪』なのかクラスメイト達に委ねると言う。その話の流れは不自然だと思わざるを得なかった。だが、男子生徒の要求に呼応するように周囲は盛り上がる。

「ヅィックが悪いに決まってるだろ!」

「ブリー君、ヅィックに濡れ衣着せられてかわいそー」

 男子も女子も、口々にヅィックを罵倒した。そういえば、ヅィックの席を隠したこの男子生徒は『ブリー』という名前だったか。まだクラスメイトの名前は覚えきれていないが、周りの様子を見るにブリーという男子は友人が多いようであった。そのためか、誰もがヅィックを悪者扱いしブリーの擁護をする。

「おい貴様ら。何を下らぬ事をやっておるのだ」

 異様な雰囲気に耐えかねて我が輩は口を挟んだ。立派な軍人になるべくして学ぶこの教室で、学業と関係ない事に時間を費やすのは不適切だ。それも、些細な諍いで。どうしても争いたいと言うのなら、二人でやれば良かろう。学友を大勢巻き込んで裁判の真似事をするなど、茶番にも程があった。

 しかし、我が輩が止めてもクラスメイト達はやめようとしなかった。ヅィックを糾弾する事に大層執心であるようだった。

「お前ら……! 覚えてろよ!」

 ヅィックは怒髪天を突く勢いで叫び、教室から逃げ出した。我が輩の隣をすれ違った彼の目は、涙で濡れていた。

 ヅィックが出て行った後、教室は一斉に盛り上がった。「逃げるな!」と怒る声と「ざまぁねーな!」と嘲笑う声が交わる。この瞬間だけ、大勢の生徒が一つの生物となってヅィックを攻撃しているように見えた。

「……何なのだ、貴様らは」

 顔も名前もうろ覚えだが、こ奴らは共に未来を担う学友なのだと思っていた。だが、その認識が揺らごうとしている。別の世界に生き、別の目標を見て進む、別の生き物のように思えて仕方なかった。


 異変はそれだけでなかった。最近、クラスメイト達はヅィックを積極的に攻撃するようになっていた。ヅィックの私物を奪ったり、悪口を浴びせたり、暴力を振るったり。飽きもせず苛めを続けていた。

 不可解なのが、奴らはヅィックに憎しみの言葉をぶつけておいて楽しそうに笑っている事だ。何故、憎悪と愉悦を共存させられるのか。単にヅィックが嫌いで加害を続けているのなら、喜ぶ余裕など無かろうに。

 ヅィックが寄ってたかって暴行を受けているのを目撃する度に、我が輩は止めに入った。ヅィックに同情した訳では無いが、神聖なる軍事学校で不適切な行為をしているのを見過ごせなかった。我が輩が止めると加害者の生徒達は去って行くのだが、我が輩が目を離すとまたヅィックを虐げていた。

 そんなに人を痛め付けたいのなら、我が輩を狙いに来れば良かろうに。我が輩は、誰であれ決闘を受け入れる主義だ。だから、暴力そのものは否定しない。だが、戦う意思の無い者を一方的に攻撃するのは軍人の卵として恥を知るべきだろう。我々が将来戦う相手は『敵兵』であり、『敵国の一般市民』ではないのだから。それと同じだ。

 そう思っているのだが、我が輩を標的にする者は一人もいなかった。ヅィックのみを標的にしている。不思議でならない。


「よくもまぁ、あれ程しつこく他人の学業を妨害出来るものだ。まともな学生の精神とは思えん」

 昼食の時、我が輩はギルに事情を話した。ギルは別のクラスなので、我が輩のクラスの雰囲気は知らない。そのため、「初耳だ」と驚いていた。

「へぇ、イジメか。珍しい話じゃないが、お前に止められても続けるとはな」

「この前も、我が輩に隠れてヅィックから金銭を奪っていた。教官にも知らせて止めさせたのだが、我が輩や教官の目を盗んで続けておる。暴行の隠蔽が巧妙になるだけだ」

 行動を咎められた者の選択は、大きく分けて二つだ。『反省してやめる』か、『次こそバレないようにする』か。奴らが選んだのは後者らしい。

「何故ヅィックを狙うのだろうな。我が輩とて、奴らにとっては邪魔者であろうに」

「そりゃ、ヅィックが弱くてお前が強いからだろ。お前に喧嘩売る奴なんていねーよ。お前は全校で最強の優等生で、しかもランクティアス家の長男だぜ」

「それが関係あるのか。いずれ我々は、国のために強敵と戦うのだぞ。『強い相手だから戦わない』など、許されるものか」

「その通り。お前は100パー正しいぜ。イジメは良くないし、強い奴とも戦わないといけない時はある。でもなな、みんな『正しさ』を貫いて生きてる訳じゃねーんだ。お前と違ってな」

「何?」

 信じがたい事だ。我々は正義の英雄になるべくして鍛錬を続けているのではないのか。ランクトプラスの正義を貫くために。

「そりゃ、みんな口では『正しくなろう』って言うさ。正しい社会の方が都合いいと思ってるからな。でも、『正しさ』が自分に都合悪くなった瞬間に手のひらを返す。正論を振りかざすのは好きだが、正論を振りかざされるのは嫌い。そんな奴ばっかだ」

「矛盾しているではないか。そんな身勝手が許されるものか」

「間違いねーな。俺もそう思う。仮にも軍人候補が、秩序より自分の都合を優先すんなっつーの。でも軍人候補である以前に、人間だ。人間は多かれ少なかれ、自分勝手な生き物なんだよ」

 ギルの口調は諦めの色に染まっていた。この年齢の男が出せるような達観では無かった。

「弱い奴を一方的にボコるのは楽しくて好き。でも強い奴に手を出して反撃されるのは怖い。そんなクソ最低な連中が、残念ながらうちの学校にもいたって事だ」

「軍人の風上にも置けんな」

「だな。で、どうする? アルの事だから、放置はしないだろ?」

「当然だ。奴らの貧弱な精神を叩き直してやろう」

 口で言っても直さないのならば、心の奥に思い知らせてやるだけだ。本当に『弱い』のはどちらなのか。この学校に籍を置く責任を、学友として教えてやらねばならん。

「ヅィックは弱いから狙われるのであろう? ならば強くなれば良い。我が輩が直々に鍛えてやろう」

「珍しいな。お前がクラスメイトに興味持つなんて」

「卒業が近付いてきたからであろうな。我が輩の修練のみならず、後続の育成に興味が出てきたのだ」

「将来は教官にでもなるのか?」

「現役を引退したら、それも悪くない」

 ヅィックを強くする。我が輩に、新たな目標が生まれた。


「ま、正論を振りかざすよりかは効果あるかもな」

 ギルは我が輩を応援してくれるようだった。ふと、気になってギルに尋ねてみた。

「何故奴らはヅィックを虐げるのであろうな」

「んー、そりゃ、アルが学校一の人気者でヅィックが学校一の嫌われ者だからだろ。その時点で『正義』と『悪』が決定されてた訳。『正義』に刃向かう『悪』は、いつの世も袋叩きに遭うもんだ」

「正義……?」

 その言い分だと、我が輩が生徒達にとっての『正義』だということか。まさか。我が輩はまだ、父上のような英雄には到達していないというのに。

 それに、ヅィックが『悪』とはどういう意味だ? 奴は悪行などしていなかろう。

 我が輩の中の『正義』と『悪』の定義と一致せず、我が輩は混乱していた。その様子を見たギルは、何かを察したように頷いた。

「『正義』も『悪』も、人が勝手に決め付けるもんだ。法律に定められてるんじゃなくてな」

「そんな事が許されるのか」

「さぁな。どうであれ、人間ってのはお前が思ってるより汚い。ってか、アルが純粋すぎる」

「うむ?」

 いまいちギルの言いたい事が理解出来ずにいた。褒められているのか?

「アルがやるってんなら、俺も協力するぜ。放課後、作戦会議と行こうか。図書室に集合な」

「感謝するぞ、ギル。貴様にはいつも力を借りているな」

「良いって事よ。お前が人のために時間を使うなんて相当の事だからな。その間に俺だけ学業に勤しむってのは、抜け駆けみたいで気分が悪い」

 屈託の無い笑顔で言うギルは、眩しく映った。やはりギルは最高の友だ。


 そしてこの日から、ヅィックを救うべく我が輩達は立ち上がった。父上の言う『正義』に、我が輩は近付いているような気がした。やがてクラスメイトも我が輩の正義を理解し、目を覚ましてくれるだろう。その先に待っているのは大団円だ。全てが丸く収まり、皆が学生の本分を思い出してくれる。そんな未来を信じていた。

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