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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第890話 「一位と最下位」

「これより対戦訓練の組み分けを発表する。呼ばれた者は前に出るように。一戦目、マルク・ローシアとエミリ・スターゼラ」

 並んで座る我が輩ら生徒の前で、教官は訓練で戦う二人を説明した。この訓練は、一対一で戦闘を行いどちらかが降参するか教官が「勝負あり」と宣言するまで続けられる。宣言されるのは大抵の場合、生徒が戦闘不能と判断された時やルール違反が起きた時だ。

 今回は武器ありのルールだった。お互いに木刀を一本渡され使用する。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 一組目の二人が訓練場に立ち、お互いに挨拶した。周囲は他の生徒達が囲い、二人の戦いを見守る。

「頑張れー」

「全力でなー」

 周りの生徒達は声援を送る。訓練の邪魔にならん程度の声援なら許可されていた。「静かでなければ戦えない」など、言い訳でしかないからだ。

 また、戦う二人も会話が許可されていた。私語ばかりで訓練を放棄するようなら二人とも失格として0点になるが、敵の邪魔をするための発言は許されている。言葉による妨害も含めて「戦闘」とされているからだ。ランクトプラス軍にとっての「強さ」とは戦果を残せる力であり、勝つための手段は選ばないのだ。


 戦闘訓練は盛り上がりを見せていた。会話や声援が許可されているため、いつも戦闘訓練は祭のようであった。一組目の戦いが終わり、二組目、三組目と、次々に試合が決着を迎える。そして我が輩の番が訪れた。

「次。アルディーノ・ランクティアスとヅィック・オレスト」

 教官が名前を呼ぶ。その瞬間、周囲がざわついた。我が輩の戦闘が始まるということで期待しているのだろうか。「どうでも良いな」と思いつつ前に出ると、どうやら周囲のざわめきの理由はもう一つあるようであった。我が輩の対戦相手であるヅィックという男子生徒が、同学年では有名な人物らしい。ただし、悪い意味での評判だが。

「おいおい。よりによってヅィックの野郎かよ」

「何よあいつ。アルディーノ様に怪我させたら許さないんだから」

「どうせ勝てる訳ないのにな。教官も人が悪い」

 ヅィックという男は随分嫌われているようだった。すぐそばに本人がいるというのに、生徒達は小声で影口を叩いた。

 猫背の男子が、忌々しそうに舌打ちしながら前に出た。彼がヅィックなのだろう。

「アルディーノ様! ヅィックなんてボコボコにやっつけちゃって下さい!」

「ヅィック! アルデイーノ様に失礼ないようにしなさいよ!

 主に女子生徒の声援が飛び交う。我が輩への応援というよりかは、ヅィックへの罵倒に近い気がした。

「おい。あんたがアルディーノか。チヤホヤされて調子に乗ってるんだろ? 学年一位様がそんなに偉いかよ」

 ヅィックは鋭い目付きで我が輩を睨んだ。彼とは初対面なのだが、向こうは我が輩を嫌っているようだった。

「はじめまして、だな。良い戦いをしよう」 試合前に我が輩が握手を求めると、ヅィックは舌打ちして我が輩の手を叩いた。

「まだ自分が最強だと思ってんのか? 俺が学年最下位だからって馬鹿にすんなよ」

 ヅィックの成績は最下位らしい。もしや、周囲から罵倒が飛んでいるのはそれが原因なのだろうか。くだらないと言う他ない。学業成績は己を研鑽するためにあるのであって、下の者を侮辱するためにあるのではないのに。

「最下位こそ最強なんだぜ。知らないだろ」

「ほう? それは初耳だ。不思議な理論だな」

「うっせぇ! 見せてやるよ。この俺の……本気をよ! そうしてやっと、俺は逆転するんだ」

 ヅィックは我が輩に敵意を見せていた。何故我が輩を憎んでいるのかは分からないが、試合に対してやる気なのは良い事だ。

「ふむ。貴様の事はよく知らんが、実は強いのだな? 素晴らしい。強敵との戦いこそが、我が輩をさらに強くするのだからな」

 ライバルは互いに高め合う良い関係だ。この男も我が輩のライバルになってくれるかもしれないと、その時は期待していた。


「二人共、構え! 勝負……始め!」

 教官の合図により、我が輩とヅィックは戦いを始めた。自信満々のヅィックの実力がどれ程のものか、確かめるつもりで我が輩は木刀の一振りを放った。

 それだけでヅィックは吹き飛び、背中を打って倒れた。防御も回避もされず、我が輩は少し驚いてしまった。

「き、奇襲なんて卑怯だぞ! こんなの無効だ! 本当の力で戦え!」

 ヅィックは怒号を放ち、落ちてしまった木刀を拾った。即座に周囲からはブーイングが飛ぶ。

「何が卑怯だ!」

「雑魚のくせに言い訳だけは達者だな!」

「とっとと降参しろ!」

 生徒達の暴言は少々やかましかった。我が輩としても、今の一撃は正面から堂々と打ち込んだので卑怯ではないと思っている。だが、その不満を第三者が騒ぐのは違和感があった。

 流石にブーイングがうるさすぎて試合妨害になると判断したのか、教官は周囲を黙らせた。そして、ヅィックに尋ねる。

「まだ戦えるか」

「と、当然だろ! 俺はまだ本気出してないだけだ! 本気出せばこんな奴、瞬殺だからな!」

 試合開始早々倒れたので心配だったが、ヅィックはまだ闘志を失っていないらしい。我が輩を倒すつもりだ。良いぞ。その意気でなければ、戦い甲斐が無い。

「ならば来い。貴様の力見せてみよ」

「言われなくてもなぁ! 死ねっ!」

 ヅィックは木刀で我が輩に襲いかかった。覇気に満ちているが、剣速は遅く、動きに無駄が多かった。止めるのは難しくない。我が輩は木刀でヅィックの攻撃を防いだ。

 それからもヅィックは何度も斬撃を放った。全てを我が輩は防ぎきる。次第に、ヅィックの動きに疲労が見えていた。

「く……クソがっ……! なんで当たんねぇんだよ!」

「動きが多彩さに欠け、速度も足りておらんからであろうな。修行が足りんようだ」

 ヅィックが予想より未熟で、我が輩は少しがっかりしていた。油断を誘っているのかもしれんが、それにしてはなかなか仕掛けてこない。これ以上試合を長引かせても仕方ないので、決着を付ける事にした。

 我が輩の一撃がヅィックに叩き込まれ、彼は勢いよく倒れた。疲労困憊のヅィックは、立つ事さえ苦しいようであった。

「これを機に精進せよ」

 我が輩は木刀の構えを解いた。ヅィックは震える手を伸ばす。

「待てよ……。俺が本気を出しさえすれば……」

 諦めない心は美徳だが、勝敗を理解出来ないのはよろしくない。

「その『本気』を今すぐ出せなかった時点で、修行が足らんという事だ。努力するが良い」

「テメェ……偉そうな口を……!」

 立とうとするヅィックの前に教官が来て、「そこまで! 勝者アルデイーノ!」と宣言した。試合終了である。

 周囲からの歓声と、ヅィックへの罵倒が飛び交った。我が輩が求めるのは鍛錬の時間のみで、それに追随する喝采など無価値だった。だから我が輩はさっさと元の居場所に戻ったのだが、我が輩以外は未だに今の試合について語って盛り上がっていた。何故他人の試合をそんなに楽しめるのかは、少々理解に苦しんだ。

 ヅィックもまた、周囲からの評価ばかり気にしているようだった。彼は憎しみに満ちた目で周囲と我が輩を睨み、訓練場から出て行った。

 我が輩は間違った事を言っただろうか。その時はヅィックの心境など分からず、我が輩は不可解に感じているだけであった。


 我が輩の最初の罪は、その鈍感さだったのだろう。

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