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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第883話 「竜人傭兵団の解散」

 世界は未だ予想通りに動いていて、故に未来を変える努力の無意味さをルナロードは実感する。世界中を巡って集めた仲間も、たった一回の戦争で多く失ってしまった。「そういう観察結果が得られたのだ」と思う事で、かろうじて虚無感を抑えられている。

「竜人傭兵団も寂しくなっちゃったね」

 ププロの遺体を棺に入れて、ルナロードは呟いた。竜人傭兵団の残る加盟者は3人。そして間も無く0人になるだろう。戦争は終焉を迎え、傭兵達の役目は終わりだ。


「話って何ですか? 給料上げてくれるですか?」

 ルナロードに呼び出されたピアルタが眠そうに言った。宿舎で昼寝しようと思った所に、外からの爆音で起こされ、かと思えばルナロードからの呼び出しだ。休みを貰えたのに忙しなく、ピアルタは少し不機嫌だった。

「給料じゃなくて退職金をあげる事になるかもね。というのもさ、君に休暇をあげるとは言ったけど、そもそも竜人傭兵団に今後仕事が入るとも限らないんだよね」

 ルナロードの言わんとしている事を理解し、ピアルタはコクリと頷いた。

「あちし、クビですか」

「というか、竜人傭兵団は解散する予定さ。ランクトプラス軍にとっても、私にとっても、もう無用だ。仕事も無いのに延々と雇用関係を続けるより、この際キッパリと別れた方がいいと思ってね」

「それは退職金の金額次第です。いくらです? ちょっとやそっとの金じゃ辞める訳には……」

「三億ヴァルエでどう?」

「はい辞めるです。お世話になりましたです」

 リストラを嬉々として受け入れ、ピアルタは頭を下げた。三億ヴァルエも貰えるなら一生遊んで暮らせる。断る理由が無いというものだ。

「決断が早いね。そういうこと嫌いじゃないよピアルタちゃん」

 ピアルタがそう答えるであろうと、ルナロードは分かっていた。働かずに金を貰えるのなら、わざわざ労働なんて面倒な事したくない……そう考えるのはピアルタだけではないだろう。

「君はもう自由だ。遊んで暮らすも良し、別の仕事を探すも良し。今という時を精一杯楽しむのをオススメするよ」

 月並みなアドバイスだが、決して社交辞令で言っている訳ではなかった。この先の「精一杯楽しむ」チャンスが僅かであると知っているからこその忠告だ。

「でも不思議です。ランクトプラス軍はあちし達の力が欲しくないですか。戦争が終わっても手放さないと思ってたです」

 世界最強の国家、ランクトプラス共和国。その最強の地位を守るために、ランクトプラス軍は手段を選ばなかった。竜人という人知を超えた力をずっと手元に置いておきたいと考えても、不思議ではないだろう。

 しかし、ランクトプラスは竜人を手放した。処分しようとした、と言うべきか。

「ヂール君は結構怖がりだからねぇ。国のトップだからこそ、慎重にならざるを得なかったのだろうけど」

 ルナロードは思い出す。ププロが死を求める少し前、ランクトプラス軍がルナロードを裏切った時の光景を。


 襲撃は突然だった。ヴィルカートスを手にかけて間も無いルナロードを、ランクトプラス軍は取り囲んだ。

「何のつもりだい?」

 分かりきった質問をするルナロード。ランクトプラス軍も、用意しておいた台詞を返す。

「偉大なるランクトプラス軍への助力、ご苦労だったな。だが最早貴様らに利用価値は無い。拡張爆弾の実験が成功した今、放っておいてもランクトプラスの勝利は決まっている! 貴様らは我々の情報を知りすぎたからな。祖国の大義のため、消えてもらおう!」

「へぇ」

 適当にルナロードは返事をした。「楽しそうだね」くらいの感想しか湧いてこなかった。銃を向けられても、大勢の軍人に囲まれても、そんな予想通りの展開に微塵も恐怖を感じない。

 ヂール・ランクティアスなら必ずルナロードを切り捨てる。むしろ、そうしなければ、ヂールではないとも言えた。彼は社会正義のためなら人権さえ蹂躙する男だ。共に戦った仲間ですら、国家の礎と変えてしまう。

 それもそうだろう。化け物じみた竜人の力、「もし敵に回ったら」と考えるだけでも恐ろしい。裏切られない最善の策は、裏切られる前に始末してしまう事だ。需要の無くなった危険物など、さっさと処理してしまうに限る。

 ヂールらしい、実に合理的な思考だ。だからこそ、分かりやすい。

「で、君達は何と命令されたのかな? ルナロードを殺せと? それとも、戦って死ねって?」

「好きなだけ余裕ぶるがいい。貴様のようなか弱い学者一人、殺すのは容易いぞ。竜人の護衛無き今、貴様に抵抗の手段すら無い!」

 銃口を向け、軍人は高揚気味に言った。その見当外れの余裕に、ルナロードは失笑する。

「あぁ、やっぱりヂール君は知らなかったんだね」

 ルナロード一人なら簡単に殺せる……その前提がそもそも間違いだ。今のルナロードを殺したいのなら、圧倒的な戦力か、死をも厭わない覚悟が必要だ。

「来なよ。この国では裏切り者は手痛いお仕置きをされるんだよね? だったら私も、君達のやり方を参考にさせて貰おうじゃないか」

 ルナロードが挑発する。指揮官が「撃て!」と命令した途端、銃弾は一斉にルナロードを襲った。

 結論を言えば、弾丸は全てルナロードの皮膚に弾き飛ばされた。旧世代の稚拙な殺戮兵器を嘲笑うかのように。

 軍人達には、その光景に驚愕する暇すら与えられなかった。瞬きする間、ルナロードは軍人達を蹂躙する。腕を折り、足を砕き、腹を貫く。「世界最強」の座を背負う彼らが肉片になるまで、10秒も要らなかった。

 これが、新時代の生物兵器。最強の竜人は、人間社会の「最強」程度に苦戦はしない。


「あ……あぁ……」

 ただ一人、若い軍人が生き残っていた。生き延びたのではなく、「生かされた」のだ。

 戦友がバラバラにされる地獄のような景色を見せられて、彼は思考を失っていた。目の前の華奢な女性が、どんな兵器よりも恐ろしいと理解してしまった。自分が殺されなかった理由など想像する余裕は無い。ひたすらに「死にたくない」と怯えていた。

「こういうの、『粛清』って言うんだよね。君達が好きなやつ」

 ルナロードはニッコリと笑って若い軍人の頭を撫でた。軍人はもう、恐れるあまり気を失いそうだった。

「大丈夫。君は助けてあげるよ。その代わり、本部に帰って報告してね。『こんなことしてる場合じゃないぞ』ってね」

 敵を一人生き残らせたのは、伝書鳩代わりにするためだった。ルナロードからヂールへの警告、あるいは死刑宣告だ。

「は、はいいいい!!」

 軍人は泣き喚きながら逃げ出した。死の恐怖に支配された彼は、きっと報告をしっかり行うだろう。ルナロードには分かっていた。


「随分汚れちゃったなぁ」

 返り血で赤く染まった白衣を見て、ルナロードは呟く。自らの手を血で汚すのは、竜人になってからの経験だ。

「……さて。ヂール君はどう動くかな」

 この先の結末を、ルナロードは既に見ている。だがそれは人間だった頃に見た未来だ。竜人になって以来、未来予測は正確に働いていない。

 だから少しだけ、ルナロードは期待していた。このままなら、戦争はランクトプラス軍の勝利で幕を閉じるだろう。その後も人類には試練が訪れる。だが、もしも……。

 もしも誰かがこの結末を変えてくれたら、なんて。


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