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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第881話 「ププロ・ミルシャーニの最後の願い」

 ポポロがミミの前に到着した時、エリックとカインズが協力してミミの遺体を運ぼうとしている所だった。全員ポポロの接近に気付き、警戒を露わにする。

 真っ先に立ちはだかったのはユリーナだった。

「あなたにミミは渡さない! どっか行って!」

 ユリーナは手を広げポポロの行く先を塞いだ。強く、鋭い目付きだった。一方ポポロは退廃的に笑い、弱々しく蠢いていた。

「ミミちゃん……可愛いよね。そんなに愛されてさ」

 ポポロは壁にもたれかかり、ダルそうに天井を見つめていた。

「まるでお姉ちゃんみたい……だけど、お姉ちゃんじゃない。分かってるもん。そんなの、最初っから分かってたんだもん!」

 ポポロは「うわああああああ!」と喚き、廊下へ逃げて行った。彼女の向かう先にはハシゴがあり、そこから地上へ上がる事が出来た。何故か分からないが、ポポロは地上へ行きたくて焦っているようだった。

「一体何を……」

 何を企んでいるのか。確かめるには、ポポロを追うしかなさそうだ。

「皆は後から来てくれ。俺は様子を見に行く」

 嫌な予感がした。だから先に行くのは俺一人で十分だ。ミミをちゃんと地上に帰してあげるためにも、皆を危険に近付けたくはなかった。

「御武運を!」

 カインズはミミを担ぎながら一言応援してくれた。俺はポポロを追いつつカインズの方を見て頷いた。

 だけど多分、この先で求められるのは武運以外の運である気がした。


 廊下を進んでいると、爆発音が聞こえた。地上からだ。同時に、悲鳴も。

 何かただならぬ事件が進行しているのだと容易に想像出来た。ポポロが起こしたのか。それとも。

「ルナロードさん! 約束、覚えてる?」

 ハシゴの上からポポロの声が聞こえた。俺も地上に登ると、ポポロは猫背で徘徊しながら宿舎の扉を開けている所だった。彼女の触手は未だに支離滅裂に動いているが、こちらを攻撃する素振りは無かった。

 外へ出たポポロを追って、俺も鉱山の道へ飛び出した。すると、そこには血まみれのルナロードが立っていた。

「あぁ。覚えているとも。ポポロちゃん、やっぱり竜人暴走薬を飲んだんだね」

 ルナロードは全てを見抜くような表情で、にっこり笑った。ルナロードの返答の意図も気になるが、それ以上に彼女の全身が血で汚れている事の方が目を引いた。

「ルナロード! ヴィルカートスはどこだ!」

 まず思い浮かんだのはヴィルカートスの事だった。彼は俺達が安心してユリーナ達を助けに行けるよう、ルナロードの足止めを引き受けてくれたのだ。ならば、ルナロードの近くに彼もいるはずなのだ。しかし、どこにも姿が見当たらない。

「ふふふ。秘密だよ。この体になってから、どうもヴィル君を独り占めしたくてねぇ。自分自身の欲求すら、案外ままならないものだ」

 ルナロードは教えなかった。それ自体が答えのようなものだ。ヴィルカートスが無事なら、そんな言い方はするまい。

「はははっ。勘違いする必要は無いよ。この血はヴィル君のじゃなくてね。さっきやってきた裏切り者にお仕置きをした時の返り血さ」

 何がおかしいのか、ルナロードは明るく笑って説明する。「裏切り者」だの「お仕置き」だの平穏ならざる単語が聞こえたが、聞き捨てならないのは次の台詞だった。

「とか言って、ヴィル君が無事だなんて一言も言ってないけどねぇ」

 いやらしく言うルナロード。その加虐心溢れる表情に、俺は悪寒を覚えた。

「お前っ……!」

「ねぇ! あんなやつどうでもいいでしょ! お願いだよルナロードさん! ぼくを……ぼくを……!」

 俺の声を掻き消すように、ポポロは大声を張り上げた。ポポロはルナロードにしがみついて、必死の形相で懇願する。

「分かってる。君を殺せばいいんだね?」

 そう言って、ルナロードはポポロを抱いた。何の躊躇も無い淡々とした殺意に、俺は思わず「やめろ!」と叫んでいた。

「そいつはお前の仲間なんだろ!? 何故殺そうとする!」

「君は何も知らないんでしょ? だったら黙って見てなよ。これはポポロちゃんの願いなんだ」

 ルナロードの口調はいたって真面目だった。殺されるのが願いだと? まさかそれが、ポポロの言っていた『約束』なのか。

「ううん。ぼくはポポロお姉ちゃんじゃないんだ。ぼくはププロだよ」

 ポポロはそう言った。ポポロではなく、ププロだと。それが本当の名前だと。

「そっか。受け入れてしまったんだね。いや、受け入れざるを得なかったのかな。君の本音が暴走した以上、自分自身に嘘は吐けない。君自身を騙し続けてきた、その嘘を」

 ルナロードは訳知り顔だった。ポポロは……いやププロは、無言で何度も頷いた。

「ぼくはもう、お姉ちゃんとは会えないんだよね」

「そうだね」

「ミミちゃんも、ぼくのお姉ちゃんじゃないんだよね」

「その通りさ」

「じゃあ……もういいよ。最初からこうお願いしてればよかったんだ。10年間も何してたんだろう、ぼく。お姉ちゃんを一人にさせちゃったね。ごめんなさい、お姉ちゃん」

 ププロは涙声だった。しかし恐怖の涙ではなく、諦観の涙のように思えた。

 彼女の触手は同じ所をぐるぐる動いているだけだった。何の意味も無い暴走が、大人しく続く。心なしか、その動きも衰えているように見えた。

「君が気付くために必要な10年だった、と考えたらいいさ。おめでとう。君はやっと、現実を理解出来た」

 ルナロードはププロの耳元で言った。その声が優しげに聞こえるのは、皮肉な話だろう。

 二人とも、分かっているのか。いや、分かっているから抱き合えるのか。ルナロードは今から、『約束』を守ってププロを殺すのだ。

「お願いだよ、ルナロードさん。早くお姉ちゃんの所に連れて行って」

「その前に、一つだけ。君は幸せになれたのかな?」

「……ううん。でも、もう満足だよ。お姉ちゃんがいないんだったら、生きてても仕方ないし」

「そうかい。今までお疲れ様だったね、ププロちゃん」

 ルナロードはププロの首筋に注射器を刺した。液体がププロの血管に注がれていく。やがてププロは、力無く倒れていった。


 息絶えたププロを、ルナロードはそっと撫でる。ププロは死体とは思えない程、満足げな笑顔をしていた。

「………………」

 二人を止める事なんて出来なかった。ププロの、ルナロードに必死に懇願する顔を見てしまったら。

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