第880話 「アイズとしての戦い」
「ぼくは悪くない、のに……。お姉ちゃんに会いたい、だけなのに……!」
ポポロ・ププロ・ミルシャーニの触手が暴れ周り、壁や天井に傷を付ける。彼女の精神の乱れが、そのまま触手の暴走に繋がっているようだ。そんな姿を見て、俺は。
「クロム隊長は、どうするおつもりです?」
ファティオは俺に尋ねた。どうするも何も、決まっている。
「言うまでもないですか。助けたいのでしょう? 救われない人まで救いたがる。貴方はそういう人です」
「愚かだと思うか。俺を」
「いいえ。貴方のような人について行きたがる、奇特な人間もここに一人いるのですよ」
ファティオが今、僅かに笑った気がした。
「僕だって本当は、救われないはずだったのですから」
ファティオが発砲する。弾丸は全てポポロの足に命中し、彼女は甲高い絶叫をあげた。
「やだ……やだぁ! やっと……お姉ちゃんと……一緒に居られるのに!」
ポポロは錠剤を取り出し飲み込んだ。その薬には見覚えがある。ブラディエゴが服用していた……確か『竜人暴走薬』と言ったか。竜人の能力を最大以上に引き出す薬。しかしその副作用は、服用者の身を壊す。
「……っ皆! 逃げろ!」
俺は警戒を強め、後退するよう叫んだ。その直後、ポポロの触手は4本に増え、部屋を覆うくらいの長さに伸びた。それらが一気に暴れるものだから、地下の脆い一室などひとたまりもない。部屋は音を立てて崩れ、瓦礫はポポロに襲いかかった。
俺達は一目散に逃げたため、部屋の倒壊に巻き込まれることはなかった。ここもいつまでも安全とは言い切れない。だから早く地上に上がるべきなのだが、俺は立ち止まっていた。
「おいここもやべえぞクロム! 止まってる場合じゃ……」
エリックは俺の手を掴んで引っ張った。エリックの言う通り、一刻も早く脱出した方がいい。それでも俺には、まだやり残した事がある。
「エリック。ミミを上まで連れて行ってやってくれ」
俺はエリックの手を払い、ポポロのいる部屋まで戻った。エリックは慌てて「おい!」と追いかけるが、降ってくる瓦礫に邪魔された。エリックを心配させたのは悪いと思うが、ポポロをこのまま死なせる訳にはいかなかった。
落下する天井の破片を避けながら、ポポロの元へと向かった。彼女は狂った絶叫を吐き出しながら、触手を乱暴に震えさせている。触手の暴走は、きっと彼女の悲哀の表れだ。泣きたくて、叫びたくて、その感情に支配されるあまり、ポポロは自らを傷付ける瓦礫にすら気付かない。
そんな結末を誰が望んだというのか。自暴自棄になったポポロが、そのせいで瓦礫に埋もれて死ぬような結末を。まだ彼女は道を踏み外したままなのに。
「ポポロ!」
俺は彼女の名を呼んだ。少しでも俺に意識を向けさせれば、暴走を抑えられると思ったのだ。
「……来な……いで!」
ポポロは触手を伸ばし俺を攻撃した。感情に任せた雑な攻撃なので、避けるのに苦労はしない。追撃を防ぐために触手を切断して、俺はポポロの前まで辿り着いた。
ポポロは怯えていた。多くの少女を殺害した殺人鬼でありながら、まるで命を狙われているのは自分であるかのように、か弱く震えていた。
今までもそうだったのだろう。恐怖から逃れたいがために、ポポロは凶行に走った。その気持ちはきっと、俺とは共有出来ない。彼女は俺とは違う選択をした。だとしても俺は、見捨てようなんて考えられなかった。
「死ぬな。お前は生きて、罪を償え」
俺はポポロに手を差し出した。これが俺の、アイズとしての『戦い』だった。殺し合いだけが戦いじゃない。アイズとしての信念を貫く、それこそがアイズの戦いだ。
ロマノだったらきっと、こうしていたはずだから。
「……ぼくを、助けたいの? ルナロードさんみたいに」
「言っておくが、お前を許した訳じゃない。だがこのまま死のうなんて、それも許さないからな」
「……そうなんだ。じゃあルナロードさんとは違うんだね」
ポポロは俺の手を跳ね除けた。触手で全身を覆いつつ、部屋の外へ飛び出す。向かう先は、ミミのいる部屋だ。
「待て!」
予想外の逃走。ミミをまだ諦めないつもりか。
俺はポポロを追いかけた。彼女の背中は不安定で、今にも壊れてしまいそうだった。
「違う。違う。違うんだよ……」
ポポロは同じことを何度も呟いた。
「ルナロードさんは、ぼくを殺してくれるって約束したもん」




