第85話 「刹那の一振 セナージ」
センの絶え間無い斬撃が襲いかかる。一撃一撃が素早く、鋭い。だが、センは攻撃に移る前の予備動作に無駄が多いため、回避は容易かった。
クロミールで剣を凌ぐことも出来たが、あえて回避行動を優先した。理由は……勘だ。センの攻撃を受け止めてはいけない気がしたのだ。俺の警戒心がそう言ったのだ。
俺は全ての攻撃を避け、姿勢を低くした。倒れるように前方へ進み、クロミールでセンの右足を切断しようとする。クロミールの刃先は、確かにセンのブーツを捉えた。しかし固いゴムのような弾力が斬撃を弾き、俺の攻撃はブーツを裂くだけに留まった。
人間の足の感触では無かった。俺のクロミールは結構切れ味がいい。普通なら、今の攻撃は確実にセンの足を斬っていたはずだ。
手元に残る違和感を咀嚼している内に、切り傷が付いたブーツが風に揺れて、中身の足を露出させた。
その足は……緑色だった。魚のような艶やかな鱗と、骨張ったゴツゴツの右足が姿を現した。
「何だ……その右足は」
既視感のある見た目だった。似たようなものを、ルクトシンの研究所で目の当たりにしたはずだ。
センは楽しそうに笑いながら口を開いた。
「知りたいか? これはドラゴンの足だ。それも地上最速の竜、ファストグシーガの右足だぜぇ」
「ドラゴン……」
やはりそうか。ルクトシンで見たブラッドドラゴンの体表も、あのような鱗で覆われていた。キューの鱗は赤色だったがな。
ドラゴンの足ならば、クロミールの一撃に耐えても不思議じゃない。
「そうだ。最新技術で復活させたドラゴンの足を、オレの右足と交換したんだぜ。おかげで速く移動出来てよぉ。標的をサクッと殺せる訳だ」
カインズを凌駕する速さで動けたのは、その右足の恩恵か。
ドラゴンの存在自体には、特に驚かない。キューの例があるからな。だがルクトシンの研究所ではブラッドドラゴン以外のドラゴンについては研究されていないはずだ。『ファストグシーガ』とやらの復活は、どこの研究所が行ったのか。
「セン。その右足、どこで手に入れた?」
「ルトゥギアっつー街だ。お隣の国にある都会だぜ」
ルトゥギア……。聞いたことがある。ファティオの生まれ故郷が、確かルトゥギアという名前だったはずだ。
ルクトシンにいたトーマス・ホワイト元副所長は、『ドラゴンの研究を行っているのはウチだけのはずだ』と明言した。あの時の発言は嘘っぽく感じたが、やはり嘘だったか。
ドラゴンの研究は他の研究所でも行われている。もしかしたら、世界中で。
だとしたら何故トーマスは嘘を吐いた? 俺達に知られては不都合があったのか。
後でマジマジ所長にお話を伺いたいが、まずはセンを始末してからだ。
「ドラゴンの足を手に入れたぐらいじゃ、俺を殺せはしないぞ」
いくら足が速くなろうが、動きに無駄と隙が多いようでは俺の敵ではない。奴の剣術の腕前はそこそこ高いようだが、戦闘技能は俺に分がある。
「言うねぇ! クロムちゃん! ならオレの相棒を紹介してやるよ」
センはそう言うと、薄い刃の剣を構えた。半透明な刀身が、よく目視しづらい。
「こいつは伝説の刀鍛冶、キャリア・スカーロが作った最凶の一品だ」
キャリア・スカーロ。俺の『純潔の一振 クロミール』を作った人間だ。彼の作る武器は特殊な能力を持ち、一部の剣は近代兵器に勝る性能があるという。
「『刹那の一振 セナージ』。これが俺の殺戮兵器だぜ」
センは『セナージ』を振り、足下に落ちていた軍用の鉄盾を両断した。まるで紙を切るようにあっさりと。その切断面は一点の歪みや凹みが無く、『元々二つの盾だった』と誤認させる程に綺麗に斬られていた。
『斬る前』と『斬った後』。この間の刹那的な瞬間に、盾は完全に断絶されてしまった。
「セナージは何でも斬れる。命も希望も真っ二つだ。刹那の時間の内になぁ!」
『何でも斬れる』……。それが『セナージ』の能力か。
「そうか」
クロミールで斬撃を防がなくて正解だったな。
「俺のクロミールも、キャリア・スカーロの作品の一つだ」
俺が言うと、センは興味深そうな目でクロミールを見た。
「へぇ……その刀が。面白いじゃねぇか。キャリアの武器同士の殺し合い」
「ああ。お互い、不足ない相手だろう」
「クロムちゃんの実力は大体分かった。だからよ……」
センは笑みを沈め、真っ直ぐに俺を見据えた。
「今から本気で行くぜ?」
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