第877話 「飢餓」
そして姉妹は一線を超えた。血が繋がっているとか、女同士だとか、そんな考えは愛の前では無力だった。理性などどこにも無く、ただ情欲のままに互いを貪る。精魂尽きるまで続き、やがて二人は眠りに落ちた。
「おはよう。ププロちゃん」
朝が訪れ、ポポロは妹を起こした。ププロは目をゆっくりと開ける。すると、自分がいつの間にか服を着ている事に気が付いた。
「ポポロお姉ちゃん……服着せてくれたの?」
「ププロちゃんが風邪ひいちゃったらヤダもん」
ポポロが脱がせておいてそんな言い草をするものだから、思わずププロはクスクス笑った。
「ありがとう。お姉ちゃん」
お姉ちゃんはいつでも守ってくれる。とても頼りになって、かっこいいお姉ちゃんだ。だから、絶対に手放したくない。
「お腹空いたね。ごはん、探しに行こっか」
「うん」
山を散策すれば、食料もいくらか手に入るはずだ。どれが食べられるものでどれが食べられないのかは分からないが、恐れをなして餓死するのは御免だ。ポポロとププロは、少しでも多くの食べ物を求めて洞窟を出た。
手に入ったのは、主に木の実だった。雑草や花も採取したが、どれも美味しそうではなかった。
肉なんて手に入らない。動物を狩る技術などポポロ達には無く、むしろ山の中では彼女達こそ狩られる側だ。
「これ、美味しくないね」
「うん」
硬くて渋い木の実を口にしながら、二人は気を紛らわせようと会話を続けた。家にいた頃の食卓は貧しかったが、美味しいご飯が出てくるだけでも幸福だったと気付く。
そして、山で手に入る食べ物の量は存外少なかった。どこを見ても自然に溢れているから食べたい放題かと思いきや、人間にとって都合のいい食料など僅かであった。毒のあるもの、固すぎるもの、消化出来ないもの……どれを捨てざるを得なかった。
足が棒になるくらい歩き回って、少ししか食料は集まらない。腹は減る一方だった。だから満たされない食欲の代わりに、情欲で心を満たす。おかげで寂しさだけは感じずにいられた。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
「ププロちゃん……もっと……」
嬌声と唾液の音が混じる。愛し合って、興奮して……だから疲れを忘却していた。
明日を保障されていない毎日。そんな不安を凌ぐため、姉妹は夢を語った。山を抜け出し、豊かな街へ出て、楽しい暮らしをするのだと。
「ねぇお姉ちゃん。ぼく、お城に住みたいな。絵本で見たような、お姫様の住むお城に」
「それは素敵ねププロちゃん。二人で楽園に行きましょう。お腹いっぱいご馳走を食べて、ずっと一緒にられたら……」
理想だけならどこまでも行けた。幸せな未来が待っていると信じたかった。
そんな日々が続くにつれ、二人は動くのも辛くなっていた。栄養失調が限界に近付き、もう立つ力すら余っていない。
「大丈夫……だよ」
ポポロは弱々しい声でププロに言った。
「食べ物……貯めてるから。何日か……大丈夫」
「本当? 流石はお姉ちゃんだね!」
食べ物が採れなくなるのを見越して、ポポロは貯蓄していたという。二人が住処としている洞窟には、数日分の食料があった。
そういう計画を立てられる姉を、ププロは尊敬した。やはり姉がいれば大丈夫なのだ。いざという時に助けてくれるのはいつも姉だ。
「うん、だからね……ププロちゃんは、絶対生きてね」
「うん! 二人でいれば大丈夫だよ! 食べ物ってどこにあるの? わけっこしよ!」
ププロは元気に跳ね、食べ物の貯蓄場所を聞いた。
「……あっち」
ポポロは洞窟の奥を指差す。ププロは「分かった!」と勢いよく向かった。
「……えへへ。ププロちゃんは元気で……可愛いね」
妹が元気でいてくれる。それだけで、ポポロは幸せだった。
「ぼくはちょっと……疲れたから、寝るよ」
そしてポポロは瞼を閉じた。
再び開く事はなかった。




