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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第五章 世界大戦編
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第874話 「ポポロの過去」

 ミルシャーニ家は平凡な農家だった。小さな田舎の国の、どこにでもあるような普通の家庭。強いて言うなら、少し家計が苦しくはあった。

 ある日、ミルシャーニ家の夫婦は念願の子供を授かった。二人暮らしの生活に新たな家族が生まれ、夫婦は明るい未来を夢に見た。ただ一つ、懸念すべきは……子供が双子だった事だ。

 子供が一人だったなら、ミルシャーニ家の少ない収入でも暮らしていけただろう。二人目の子を授かるにしても、一人目の子がある程度成熟してくれたなら、家業を助けて生活を楽にしてくれたはずだ。しかし、幼い子供を二人同時に育てるというのは、ミルシャーニ家の夫婦には厳しい道だった。


 最初は愛を注いで二人の娘を育てた。とてもとても愛らしい姉妹で、二人の笑顔を見ていたら農業の疲れも吹き飛ぶ勢いだった。生活は困窮する一方だったが、いつかは苦しい生活から逃れられると信じ、夫婦は働き続けた。


 そんな希望が打ち砕かれたのは、双子が8歳になる頃だった。


 領地の年貢は元々厳しかったが、不作になった今年は特に重税が課せられた。不作の影響で領主やその家来が餓え死にしないように、多めに食物を保管しておけと命令が下ったのだ。当然、農民からの不満は桁外れだった。作物に余裕がある時ならともかく、自分達の飯も用意出来ないような年に年貢を増やすなど、農民に「死ね」と言っているに等しい。自分達の生活の安定しか考えていない領主に、農民達は作物の代わりに肥でも納めてやりたい気分だった。

 無論、そんな事は出来ない。領主に逆らえばよくて農地取り上げ、悪くて死刑だ。つまりはどの道死ぬ。悪政を敷く領主に反旗を翻す力も持っていない。故に農民達は嫌々ながら従うしかなかったのだ。

 逆らうのが怖い。だが飢え死にはしたくない。各家庭が節約に追われる中、ミルシャーニ家はついに選択を迫られた。


「ねぇ、お母ちゃん。今日のご飯もこれだけなの?」

「お腹空いたよぉ。お父ちゃん、あんなに働いたんだよね? なんで?」

 双子は腹の音を鳴らしながら、半分以下しか盛り付けられていないお椀を見つめた。穀物も野菜も、どう考えても1日の必要摂取量を超えていない。金が無いから肉なんて買えない。

「ごめんねポポロ。ププロ。来年は絶対、豊作にするから」

 双子の姉はポポロ、妹はププロという名前だった。しっかり者で優しいポポロ・ミルシャーニと、元気で朗らかなププロ・ミルシャーニ。二人は自慢の娘で、だからこそ飢えて悲しむ姿は辛く映った。

 謝る母の顔を見て、ポポロとププロは子供心に世間の不条理を察した。母も父も、決して嫌がらせでご飯を少なくしているのではない。生きていくためには、今後の事を考えて節約する他無いのだと。

「……なぁ。少し、いいか」

 父親は、俯く妻に声をかけた。話の内容を察した妻は、目に涙を浮かべながら立つ。夫婦は娘達から避けるように、食卓を出て別室に向かった。


「もう限界だ。分かっているだろう」

「そんなの、言わなくたって……。でもあなた、本当にするの?」

 夫婦はヒソヒソ声で話し合った。この話を決して、娘達に知られてはならない。

「……あぁ。俺は覚悟を決めた。せめて一人だけでも、生き延びさせてあげたい。みんなで一緒に死ぬくらいなら……あの子のうちどちらかを、山に捨てる」

 家族全員を養ってあげられない、そんな経済状況で、夫婦が出した結論はそれだった。せめて娘が一人だけなら、何とか食い繋いでいける。無論、苦渋の決断だ。大切な大切な我が子を捨てるなど、容易に出来るものではない。夫婦は何ヶ月も、葛藤を続けてきたのだ。だが間もなく食料が底をつくという状況で、この残酷な決断をせざるを得なかった。

「俺は天罰を受けるだろうな。だが構うものか。二人の死を見るよりは……」

 父親は歯を食い縛った。娘達が自立出来る年齢なら、自分自身を捨てて子供を助ける道もあっただろう。だが、この家が農家として生きていくには夫婦の力が不可欠だった。子供を一人見捨てるという咎を、負うしかないのだ。

「神様に裁かれる時は、私も一緒よ」

 妻は夫の胸に寄り添い、すすり泣いた。子供を捨てるなんて最低な親だとは分かっている。だが最低に堕ちたとしても、せめて片方の子だけは生きていて欲しかったのだ。

 この国がもっと豊かで福祉が充実していれば。もし不作にならなければ。もし領主が民の事を考えてくれていれば。もっと子供が成長していれば。……全ての仮定は、無意味な現実逃避に終わる。現実は不都合の塊だった。


 夫婦は泣き明かした。我が子への愛があればどんな困難も乗り越えられる気がしたが、それは迷信だった。愛の力は存外無力で、空腹程度に敗北するような代物だった。それが何よりも虚しい。

 我が子の笑顔は心を満たしても、腹は満たさない。そして貧困という現実は、栄養と共に命まで奪おうとしている。娘の痩せこけた死体を見るか、それとも見て見ぬ振りをするか。結局はその二択だった。


 そして、運命の日は訪れた。子供はどちらも愛らしく、どちらかを選択するなんて出来やしない。だから夫婦は、捨てられる側を神の選択に委ねることにした。要するにくじで決めた。運命が決めた選択なら、いくらか後悔せずに済むような気がしたのだ。

 捨てられたのは、妹。ププロ・ミルシャーニの方だった。

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