第8話 「追跡」
カインズが車を追って走り出してから1分後。
地面に倒れて気を失っているガンダスの姿が、そこにはあった。
まあ、俺が気絶させたんだが。
「クロムはやっぱ強いなあ。ますます惚れちゃうぜ」
エリックは軽口を叩きながら、車が置いてあったであろう場所を物色している。
ガンダスは筋肉質な大男だった。非力な俺が力勝負をしたら、勝てないだろう。
だが奴は隙だらけだった。
ガンダスが殴りかかってきたとき、俺はそれを避け、懐に近づいてスタンガン(エリックの手作り)を直撃させた。エリック曰く、「一度食らえば2時間は気絶するような強力スタンガン」だ。これで心置き無く娼館内を調査できる。
「おおっ! これは使えるぞ!」
エリックは車(俺は車という物を見たことが無いが、恐らくあのデカイ金属の乗り物が車なのだろう。)の上に乗っかって、嬉しそうな表情を浮かべている。
「クロム! 犯人が逃走に使った車の他に、もう一台車があった!」
「じゃあ、それに乗れば奴らに追い付けるか?」
「いや、エンジンの調子が悪くて、今は動かない。俺がちゃちゃっと直してやるから、クロムは調査を続けてくれ」
「そうか、頼んだぞ工場長」
工場経営を本職としているエリックは、機械関係の知識が深い。
車のことはあいつに任せよう。
娼館の中をくまなく捜査したが、人は1人もいなかった。やはりエリックの言う通り、娼館職員は娼婦達を連れて逃げたのだ。
「管理人室」と書かれたプレートが貼ってある部屋に入ると、中は書類の山で散らかっていた。その中には、職員達の犯行の証拠や、私立娼館を国立だと偽っていた証拠がいくつもあった。
「後は奴らを警察につき出すだけだな」
これ程の証拠があれば、警察だって見て見ぬ振りは出来ないだろう。奴らを逮捕してくれるはずだ。
「ん?」
ふと目に付いた資料。そこには「ネーミリカ・ユルマ」という名前が書いてあった。
「娼婦の情報か。一応目を通しておくか」
その資料には、顔、名前、年齢などの個人情報がずらりと書き並べてあった。
その中で、特徴的な情報が一つ。
「3人の子供がいる。2人は女。1人は男。」
そして、その記述には続きがあった。
「おーい、クロムーっ。どこだー? 車の修理ができたぞー」
外から、エリックが俺を呼んでいた。
「今行く。少し待ってろ」
数枚の資料を押収した後、俺は管理人室を出て、エリックの元へ行った。
俺とエリックは車の中にある、革製の椅子に乗った。運転席のエリックが、俺に尋ねる。
「中に人はいなかったんだな?」
「ああ。カインズの後に続くぞ」
「了解! じゃあ、出発!」
エリックが、輪っかに棒が付いた形の物を持ち、足を前方に押し出した。すると、けたたましい音を出した車が、ゆっくりと前進し、その後加速度的にスピードを増した。
「な、何だこれは! 思っていたより速いぞ!」
俺が外の景色を見ながら驚いていると、エリックは笑いながら答えた。
「だろ? これが車ってやつだ! やっぱ車は男のロマンだぜ! わくわくするなあ!」
いや、わくわくしない。全然しない。こんな速度で動いてたら、何かにぶつかりそうで気が気でない。
男のロマンというやつは、俺にはどうも理解できない。
カインズはこんなスピードの乗り物に、走って追い付こうとしたのか。凄いな。部下の優秀さに誇らしく思うやら戦慄するやらで、動揺を隠せない。
同時に、俺は無茶な命令をしたのかもしれない、と反省する。いや、あいつなら追い付いてもおかしくないが。
「車のタイヤ痕と、カインズの足跡が見える。あれを追跡すれば、すぐに追い付くだろ」
エリックは棒付きの輪っかを左右に傾けながら話している。
「エリック! さっきから手に持っているそれは何だ?」
「ああ、これか? これはハンドルっていうんだぜ。これで車の向きを操作するんだ」
そうなのか。一つ知識が増えた。
車に乗ってから約8分。前方に複数の人影が見えた。男が3人。女が7人。
その奥では、1人の背の低い女が、カインズと戦闘していた。
間違いない。目標発見だ。
「見つけた!」
俺は座席の横に付いている、鉄で出来た外開きのドアを開け、そこから車の天井の上に素早くよじ登った。
エリックが、速度を落とすための操作をしたらしく、車が減速していく。
車の勢いが無くならない内に、俺は車の上から外へ飛んだ。
* * *