第80話 「戴冠式の惨禍」
王宮の謁見広場。
ここでは時折王族が民衆の前に姿を現し、大事な話をする。
今日の謁見広場には、溢れんばかりの人々で埋め尽くされていた。何故なら今日は新国王の戴冠式の日。先代のチェルダード王が新たなる国王に王冠を託す、大事な日なのだ。
中央都市の下級貴族や、大富豪や、大企業の重鎮などが、この歴史的瞬間を拝めるために集まった。新国王になる第一王子と現在の王の登場を、今か今かと待ちわびていた。
「おお! お見えになったぞ!」
誰かが叫んだ先には、威風堂々とした態度で歩く王子と国王がいた。
若き王子は凛々しい顔立ちで、民衆に微笑みを振り撒いている。彼の名はブラスト・チェルダード。国王の第一の息子にして、中央都市内での人気者だ。聡い頭脳と端整な顔を持ち合わせた人物である。
国王は金色の王冠を手にして、高い舞台の上に立った。
期待の眼差しを向ける国民を見下ろし、威厳ある声で宣言する国王。
「ただいまより! チェルダード王国新国王の、戴冠式を執り行う!」
弾けるような拍手が響き、会場は歓声の渦に巻き込まれた。
「余は、我が息子のブラスト・チェルダードに、王権の全てを託す。王族の慣習に従い、王の証である冠を、新国王に捧げよう」
第一王子は王の前にひざまずき、頭を王に向けた。
国王は王冠を持ち、王子の頭に近付ける。
国民の注目が集まる中、王子の頭に王冠が乗せられた。
その瞬間、国王と王子の頭は弾け飛んだ。
爆風が火薬と血の匂いを運び、中央都市に君主の死を告げる。
爆音が観衆の耳を襲い、非日常的な現実を伝える。
そして首無しの死体が力無く倒れ、目の前の惨劇を見せ付けた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
恐怖と混乱に満ちた悲鳴をあげ、民衆は我先にと逃げ出した。
王子と国王が死んだ。目の前で。
死んだ。爆ぜた。飛び散った。
理解しがたい現実を前に、人々は逃げた。状況を考える間も無く避難した。
目の前に危険が迫っているということは分かっていたから。
「な、何なんだよこれ!」
ホルク・ハルバートも、群衆に紛れて逃げ惑っていた。ブブリアドとカインズの戦いから避難して、安全な戴冠式にいたはずなのに。ホルクは理不尽を感じながら、一目散にその場から離れた。
そして、こういう時に役立つはずの、ある機械を取り出した。
「そうだ、マインド!」
ホルクはマインドの画面を叩き、避難場所を調べようとした。だが、画面は真っ暗だ。緊急時には避難場所を指示してくれるマインドが、動かない。
「何でだよ! くそぉっ!」
こんな時に限って故障か? いや、違う。ホルクのマインドは壊れていなかった。他の貴族や富豪達もマインドの不具合に戸惑っていた。彼らのマインドにも異常は無い。
異常が発生したのは、マインドを管理する巨大スーパーコンピューター。
中央都市の頭脳とも言える、『イマジンハート』だ。
偶然の出来事ではない。王子と国王の頭が吹き飛んだのも、イマジンハートに不調が生じているのも、全ては人為的な悪意……いや、殺意によるものだった。
「イヒヒヒッ。モブ達があたふたしてて、おっもしろーい!」
赤とオレンジの髪をした少女が、高層ビルから民衆の様子を眺めていた。
彼女は無邪気な笑顔で、ぴょんぴょんと跳び跳ねている。
「それじゃあ、あたしの『とっておき』を、またまたお見せしちゃうよん」
彼女は手元の赤いボタンを押した。
一秒後、民衆の一部が爆発し、血生臭い肉片と化した。
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