第70話 「解けた誤解」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
決して人の物を盗もうなんて考えてません。ちょっと探し物があっただけなんです。
だからお願い、命だけは!
ヴィルカートスさんの腕が私の眼前に近付いた時、私は心の中で必死に命乞いをしていた。声なんか出せない。怖くて体が動かなかったから。
「この愚民め……」
ヴィルカートスさんはタンスに手を伸ばし……。
乾いた雑巾を取り出した。
「ふえ?」
私が素っ頓狂な声を漏らしている間に、ヴィルカートスさんは私の足元のおしっこを拭き取り始めた。
素早い手付きで床を拭き、あっという間に綺麗になっていく。
「自分に付いた分は自分で拭け」
ヴィルカートスさんは清潔なバスタオルを私に手渡した。
「あ、あのー」
私はバスタオルで下腹部を拭きながら尋ねた。
「私を殺そうとしたんじゃ……」
「何を言う。私がそんな野蛮な男に見えるか」
見えます。はい。
「安心しろ。貴様が泥棒でないのは分かっている。私は目がいいのでな。疚しい気持ちがあるかどうかは、表情を見れば分かる」
おお、流石カインズさんのお父さん。目も物分かりもいい。
クロムさん曰く、「顔や仕草をよく観察すれば嘘を見抜ける」そうだけど、この人もそういった技術を駆使したんだろうか。
「改めて問おう。貴様は何をしていた?」
私を疑っている訳ではないようだ。正直に答えよう。
「クロムさんに頼まれて、カインズさんの大事な物を探しに来ました」
今思えば、あの手紙は本当にクロムさんからのものだったのかな?
「カインズの大事な物か。心当たりは無いな。カインズがこの家に『大事な物』とやらを置いていったとは考えにくい」
うーん。確かにそうかも。大事な物を置いて家出しないよね、普通。
ヴィルカートスさんは顎に手を当て、不気味に笑った。
「不可解だな。あの男にでも聞くとするか」
あの男?
「隠れてないで出てこい。そこにいるのは分かっている」
ヴィルカートスさんは開かれた窓を見て、言った。
「聞こえていないのか、ホルク・ハルバート。この屋敷で油菓子の匂いを撒き散らすのは貴様しかいない。誤魔化そうとしても無駄だ」
その瞬間、窓の外にある木から、人影が飛び出した。太った小柄な男で、割りと機敏に逃げ出している。
「逃げられると思っているのか」
ヴィルカートスさんは窓から飛び出し、逃げた男を追いかけた。カインズさんを彷彿とさせる猛スピードで、逃亡者との距離をぐんぐん詰めていく。圧倒的な速さだ。
数秒後には、ヴィルカートスさんは太った男を捕まえていた。
私も窓から出て、ヴィルカートスさんの元へ向かった。
「わっ、わあああああああああああ! 許してええええええええ!」
太った男は恐怖を顔に浮かべながら、泣き喚いていた。
「何か事情を知っているようだな。話してもらうぞ」
ヴィルカートスさんは冷たい目で睨んでいた。
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