第69話 「ヘンリーの罠」
上手くいったようだな。
ヘンリー・ハルバートは静かにほくそ笑んだ。
ことの始まりは、数時間前に遡る。
クロム達がハルバート屋敷を出た後、ヘンリーはイミリとホルクの二人に説明した。
「いいか。この作戦に、俺が当主になれるかどうかがかかっている。しっかり頼むぞ」
作戦とはすなわち、カインズを陥れるための策。
ヘンリーはカインズを失脚させ、当主の座に近付こうとしていた。
「まず、ホルクがこの手紙をユリーナという女に渡してくれ。こっそりとな」
ヘンリーはホルクに一枚の手紙を渡した。
「ここに書いてある『クロム』って人は誰?」
「アイズの隊長だ。この女の指示ならば、ユリーナ・アイルスは動くはずだ」
ヘンリーはクロム達の会話を盗み聞きして、情報を集めていた。ユリーナがクロムの言うことを聞くというのも、計算の内だ。
上司からの命令の手紙を受け取ったら、それに従うはず。
そしてユリーナが泥棒と勘違いされれば、ユリーナを連れてきたカインズの印象も悪くなる。
「ユリーナがヴィルカートスさんの部屋に入ったら、ホルクは奴を監視していろ」
ホルクは黙って頷いた。
次にヘンリーは、イミリの方を見た。
「この作戦が失敗した場合を考慮して、第二の作戦も用意してある」
「第二の作戦って、どんなのよ」
「まず、俺がカインズを呼び出し、決闘する。十中八九俺が負けるだろうがな」
「何それ。意味ないじゃん」
「最後まで聞け。俺はわざと大袈裟に負け、『カインズが俺を痛め付けた』という既成事実を作り上げる。イミリは決闘の目撃者となり、カインズの悪評をばらまけ」
「なるほど! 第三候補のヘンリーを傷付けたとなれば、カインズの評判はがた落ちって訳ね! 流石ヘンリー! ヤバすぎ!」
「……それは誉め言葉と受け取っていいんだな?」
ヘンリーの身体能力は、『一般人より優れている』程度。カインズの超人的スペックには到底及ばない。格闘技に心得が多少あるとはいえ、長年アイズとして戦闘を続けてきたカインズの方が上手だろう。
だからその実力差を利用する。カインズに『卑怯な手段でライバルを蹴落とした外道』というレッテルを貼るのだ。
人間は感情で動く生き物。多少大袈裟に吹聴すれば、場の空気など簡単に支配できる。
『卑怯なカインズ』と『哀れなヘンリー』を作り上げるのだ。
「でもさぁ、ヘンリー」
ホルクは頭を過った不安要素を伝えた。
「この手紙、ヘンリーの字だよね。筆跡でバレないかなぁ」
「そうかもな。だが、あの手紙は特殊なインクで書いた。一定時間が経つと字が消えるインクだ。筆跡を照らし合わせようと試みても、その頃には字は消えている。証拠隠滅という算段だ」
「なるほど! 流石ヘンリー!」
ホルクもイミリと同じように、ヘンリーを称賛した。
ちなみにそのインクはヘンリーが発明したものである。中央都市の大学で多くの研究をこなしたヘンリーは、様々な発明を生み出した。字が消えるインクもその一つだ。
「もうすぐ奴らが帰ってくる。言った通りにやれよ」
ホルクとイミリは首を縦に振った。
作戦は決行され、ユリーナは窮地に陥った。
ホルクはヴィルカートスの部屋の外から、ユリーナを監視している。
うわぁ……。ヘンリーの計画通りだ。やったね!
ホルクは油まみれのお菓子を貪りながら、意地汚く笑った。
一方、ヘンリーはカインズを中庭に呼び出した。
その近くでは、イミリが隠れて二人を監視している。
ハルバート屋敷の広い中庭には、花畑が広がるのみ。決闘を邪魔するような障害物は無い。
「頼みって何? ヘンリーさん」
何も知らないカインズは、花畑に沿う小道の上につっ立っていた。
「カインズ。俺と決闘しろ。お前がハルバート家に相応しいか、確かめてやる」
ヘンリーは腰を低くし、構えを取った。カインズを挑発するため、殺気を込めてカインズを睨んだ。
「いいよ。やろうか」
カインズもヘンリーを冷たく睨み、構えを取った。
かかったな……っ! 馬鹿め!
ヘンリーは笑いたくなるのを必死で抑え、ゆっくり息を吐いた。
ここでお前を終わらせてやるよ、カインズ。
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