第67話 「不穏な殺意の感覚」
研究所の内部は予想通り機械だらけだった。白っぽい廊下を歩いていると、研究員がデグルヌに挨拶をした。
「デグルヌ副所長、お疲れ様です。例の資料はデスクに置いておきました」
副所長? デグルヌの役職は室長だったはずだが。出世したのか。
前の副所長であるトーマス・ホワイトは、ニトラ教のスパイだった。トーマスは俺達によって捕縛されたが、その後何者かに殺害された。彼の後釜に座ったのが、デグルヌという訳か。
「うん、ありがとう」
デグルヌが返事をした後、俺は些細な疑問をぶつけた。
「例の資料とは?」
「今やってる研究のデータですよ。詳しくは言えませんが、すっごい研究なのは確かです」
もしかして、ブラッドドラゴンに関係しているのだろうか。
「そうそう。例の殺人事件のことですがね。結局犯人は見つかりませんでした。マジマジ所長からもストップがかかったので、捜査は取り止めになったんですよ」
デグルヌが言う殺人事件というのは、ニトラ教団員が殺害された件のことだ。
少し目を離した隙に9人もの人間が殺されるという、不可解な事件だった。
「そうだったんですか」
「はい。そして今、我々は中央都市の施設を借りて、研究に勤しんでます。マジマジ所長も熱心に取り組んでおられますよ」
噂をすれば、マジマジ所長が前方から歩いてきた。眼鏡をかけた、白髪で小柄な老人。ルクトシン第一バイオ研究所所長の、マジマジ・オブズアブだ。
マジマジは俺達を見ると、あからさまに不機嫌そうになった。
「むむっ。アイズではないか。何故貴様らがここに。儂は呼んどらんぞ」
「僕がお招きしたんですよ。なんたって、彼らは恩人ではありませんか」
デグルヌが言うと、マジマジは「まあいい。邪魔はするでないぞ」と言って去っていった。相変わらず人当たりの悪い老人だ。
デグルヌは、『展示室』と書かれた部屋に俺達を連れていった。
「大したもてなしは出来ませんが、せめてこの展示を見ていって下さい。中央都市自慢の最新技術が見れますよ」
展示室には、見たことのない物体が多く設置してあった。
自動で動く椅子、喋る人形、巨大な調理機などだ。
「スゲー! どんな仕組みなんだこれ!」
エリックは目を輝かせて展示の数々を観察していた。中央都市に来てからのエリックは、いつもワクワクしているな。
「僕達は本来、生物の研究をしてますが、その副産物を利用した技術開発も行っているんですよ。例えばこの椅子は、虫の動きを再現して作られました」
デグルヌの近くにある椅子は、六本の足が付いていた。
「それよりデグルヌさん。キューに会わせてくれませんか?」
ユリーナは手を挙げて、デグルヌにお願いした。
ユリーナはブラッドドラゴンのキューの名付け親だ。ユリーナはキューのことを気に入っていたし、会いたくなったのだろう。
「うーん、すみません。研究の途中なので、キューには会えないんですよ」
やはり、ブラッドドラゴンの研究だったか。
「そうですか……残念です……」
ユリーナは悲しそうに俯いた。
暫く展示室に滞在した後、俺達は研究所を発った。
「今日はありがとうございました、デグルヌさん」
「いえいえ。またいらして下さい」
デグルヌに礼を言い、俺達は街の雑踏に紛れていく。
しかし……何だろう、この寒気は。
研究所の奥から、おぞましい気配を感じた。
あれは……悪意? 狂気?
違う。殺意だ。
野性的で本能的……それでいて既視感のある殺意が、俺の背中を撫でていた。
とてつもなく嫌な予感がする。
俺の考えすぎだといいんだが……。




