第66話 「都会を散歩」
中央都市には多くの人間がいる。スーツを着ている者。派手な服を身に纏う者。きらびやかなドレスを着こなす者。
どれもお金持ちの人間だろう。彼らは来る戴冠式に向けて、そわそわしている様子だった。もうすぐこの国のトップが変わり、新しい体制が築かれる。街中がお祭りモードだった。
ビルに設置された巨大なスクリーンでは、新国王を讃える映像が流れた。街をうろつくロボットが、チラシをくばっている。華やかな車が、ゆっくりと街を進む。
とにかく騒がしかったが、何故か不快には思わない。
「中央都市の音は雑音にならないように計算されているんですよ」
カインズは俺達を引き連れて、整備された歩道をを歩いていた。礼装の人間が多い中で、アイズ制服を着た俺達は目立っている。カインズも周りの注目を集めていた。
レイティアは衛生団の制服なので、これまた目立つ。
「計算って、誰がしているんだ?」
音が不快にならないように計算するって、どういうことだ。
俺が疑問を呈すると、カインズは街の中央に建つ高層ビルを指差した。高い建物が多いこの街で、一際目立つ建物だ。
「あれです。あのビルの中には超大型スーパーコンピューターが保管されてるんですよ。その名も『イマジンハート』。イマジンハートは、中央都市の全てのコンピューターを一括管理しています。音の調節なんて朝飯前です」
うーむ。よく分からない。
「俺にも分かるように説明してくれ」
「えーっと……。中央都市のセキュリティや個人情報などのデータは、全てイマジンハートが管理しているんです。例えば、今日皆が発行したパスポートの情報とか、研究所の研究データとか、今月の電気代とか……。様々な情報をイマジンハートが記憶して、処理しているんです。万が一この街に不審者が現れたら、イマジンハートの操るセキュリティシステムで対処します。世界トップクラスのセキュリティの秘密は、世界トップクラスのスーパーコンピューターにあったんです」
「なるほど。要するに、あのビルにあるコンピューターが、この街を守っているのか」
「そういうことです」
「しかし、そのイマジンハートが壊されたり奪われたりしたら一大事じゃないか?」
「その通りです。ですが、イマジンハートはチェルダード王国最強のセキュリティで防御してます。ハッキングはもちろん、物理的な破壊も不可能でしょう。他国の軍隊が総攻撃でもしない限りは」
その他国の軍隊も、中央都市を囲う分厚い壁のせいで侵入できない。
街がイマジンハートを守り、イマジンハートが街を守るのか。
道行く人達は、小型の機械を手に持っていることが多かった。手のひらサイズの四角い板に、画面が付いていた。人々はその画面を凝視して、時折それに触れる。機械に話しかける人もいた。
「カインズ。あの機械は何だ」
「『マインド』ですね。機械版情報屋……みたいなものですよ。指や声で操作すると、欲しい情報が手に入るんです」
「無料でか?」
「はい。これもまた、イマジンハートによって管理されてます」
「またイマジンハートか」
「この街の機械は全てイマジンハートで動くと考えていいですよ」
エリックは『マインド』使用者を遠目で見て、物欲しそうな顔をした。
「マインドかぁ……。興味深いぜ」
機械好きのエリックは、未知なるマシンに熱い眼差しを向けた。
街を歩いていると、『避難場所』と書かれた建物がいくつかあった。
「災害が起きた時はこれらの建物に避難するんです」
カインズは避難場所の建物を指差した。
「避難場所が近くに無かったらどうするんです?」
ユリーナが尋ねると、カインズは手のひらを指でなぞった。
「マインドが場所を教えてくれるよ。最短ルートもね」
便利なやつだな、マインド。
「都会はよく分からないです……」
ミミはずっと俺の側を歩いていた。中央都市の雰囲気には慣れてきたようだが、まだ人混みが辛いのだろう。
王宮の近くを通ると、大きな鎧で身を包んだ騎士が巡回していた。
あれは俺でも知っている。王国騎士団だ。王族の命を守るために存在する、誇り高き騎士の集団。
かつては国家の防衛を担っていたが、『軍』の軍事技術の推進により、衰退した。今は、国全体ではなく王族を守護している。
それもそうだろう。重い鎧と装飾過多の剣という、機能性皆無の古臭い武装で国を防衛しようというのは無茶な話だ。格式高い王家は騎士団の廃止を認めなかったので、ほぼお飾りの部隊が出来上がった訳だ。
よって、今の王国騎士団は見た目重視。あんまり強くないのだ。せいぜい、一般人より強い程度。
そう言えば、ブラッドドラゴン護衛任務でニトラ教団員と戦った時、彼らは王国騎士団のお古の鎧を着ていた。あれも強くはなかったな。
「新国王、万歳!」
「王子様、万歳!」
王国騎士団の人達は、大声で新国王を讃えている。
その近くに、黒くて地味な服装の男達が立っていた。彼らは騎士団とは対照的に、機能的で無駄のない装備をしていた。手には大きな鉄製の盾と、マシンガン。
「軍の方々ですね……」
ファティオが男達を見て、メモを取っている。
あれこそが『軍』。王国騎士団に代わり、チェルダード王国を防衛する者達だ。中央都市の治安維持活動も、軍がやっている。形骸化した警察の代わりも勤めているのだ。
そのため、基本的に中央都市はアイズの活動範囲外だ。軍がいるからな。
さらに歩いて行くと、研究所が見えた。
無機質な白い建物から、見知った人物が出てきた。
やや太りぎみで、七三分けの中年。真ん丸の鼻と、憎めない顔立ちが特徴的だった。
「ややっ。どなたかと思えば、アイズの皆様ではありませんか!」
デグルヌ・バグ。有名な歴史学者のゾーズヌ・バグの玄孫であり、ルクトシン第一バイオ研究所の室長だった男だ。そして、やたらトークが長かった男だ。
デグルヌ達はブラッドドラゴンの『キュー』の研究で、中央都市を訪れた。それ故、ここにいたのだろう。
「ここで会ったのも何かの縁。ささ、どうぞお入り下さい」
デグルヌは研究所の中に俺達を導いた。
「この人はクロムさんのお知り合いですか?」
レイティアがデグルヌを見て、俺に聞いた。
「ああ。元依頼人だ」
折角だから、お邪魔してもいいかもしれない。
キューの様子も見たいからな。
「じゃあ、研究所に寄るとするか。皆、それでいいか?」
俺が確認を取ると、全員が頷いた。
そして俺達は、研究所に足を踏み入れた。




