第65話 「分家の策」
カインズと共に屋敷を歩いていると、すれ違う人から不審な眼差しで見られることがある。カインズ曰く、その人達は分家の人間で、カインズの帰還を快く思っていない連中だそうだ。
「ボクが当主になると困る人もいるんですよ。分家の人間の大半はそうですね」
現在、ハルバート家の当主候補は、第一にカインズ。第二にレイティア。そして、第三候補以降は分家の者らしい。
当主になると発言力などが大きくなるから、候補者達は当主の座を巡って争っている。
貴族のシステムなどは俺には分からんが、カインズの抱える心労は何となく分かった。
ブブリアドに期待を押し付けられ、周りから嫌な目で見られ。
そんな環境の中で当主になれたとして、カインズは本当に幸せなんだろうか。
「一族への挨拶は一通り終わったので、街を探検しに行きましょうか」
カインズが提案すると、ユリーナは跳び跳ねて喜んだ。
「やったー! クロムさん、今度こそデートしましょう!」
俺もこの街の空気に慣れてきたところだ。街中を散歩するのも悪くない。
「じゃあ、行くか」
そしてクロム隊メンバーとレイティアは、屋敷の外へと歩を進めた。
* * *
「何なのよアイツ! 意味分かんないんだけど!」
ハルバート家屋敷の書斎にて、三人の男女が会議をしていた。
議題は一つ。カインズ・ハルバートについてだ。
「カインズが帰って来るとか聞いてないんですけど!」
16歳の貴族の少女が、黄緑色のツインテールを揺らしながら不満をぶちまける。
彼女は貧乏ゆすりをして、軋む床をガタガタ震わせていた。
「落ち着け、イミリ嬢」
茶髪の青年が少女を宥める。彼もまた貴族であった。
「ヘンリーは落ち着いていられるの? 秀才様は冷静ね!」
イミリ・ハルバートは茶髪の男を睨んで、歯軋りしていた。
「俺は状況を的確に理解しているだけだ」
ヘンリー・ハルバートは、本の上に座るイミリを見下すように立っていた。
部屋の片隅では男が踞り、砂糖菓子を食べ散らかしながら慌てふためいていた。
「どどどどうしよう……。このままじゃ、ヘンリーが当主になれないよ……」
「汚い食べ方はやめろ、ホルク。本が汚れる」
ホルク・ハルバートは自分の不安を誤魔化すように、お菓子を口に押し込んでいた。食べかすがポロポロと床に落ちていく。坊主頭で太りぎみのホルクは、周りから「汚い」とよく言われた。もっとも、それは「行儀作法が汚い」という意味だったのだが。
ヘンリーは深いため息を吐き、淡々と語った。
「確かに今は由々しき事態だ。第一候補で宗家の長男である、カインズが帰ってきた。第三候補である俺が当主になる確率は、ますます下がった訳だ」
「つーかマジあり得ないんだけど。5年間も家出してた奴が急に帰るとか。あのまま家出してればよかったのに」
イミリの言葉に、ヘンリーが目を細めた。
「その幼稚な言葉遣いをやめろ。貴族としての品が疑われる」
「アタシはアンタの堅っ苦しい喋り方がイヤ。それにアタシは貴族っつても名ばかりだし」
イミリはハルバート家の血が薄い。宗家の遠い遠い親戚であるイミリは、当主になれる確率が非常に低かった。
「で、どうすんの? アンタが当主になんないと、アタシ達が困るんだけど」
当主になる望みが薄い分家の人達は、有力当主候補の傘下に入って恩恵を受けることがある。分家のイミリとホルクは、同じく分家で第三候補の、ヘンリーに取り入ったのだ。ヘンリーが当主になれば、イミリやホルクの一族も発言力が上がり、待遇が良くなる。
少し前までは第二候補のレイティア・ハルバートと当主の座を争っていたが、カインズの帰還で状況は大きく傾いた。
「カインズを良く思っていない者も多いはずだ。彼らを味方に付けよう。だが、俺の一派がカインズ側に寝返るかもしれない」
あり得ない話では無かった。誰だって、強い方の味方になりたい。
ヘンリーは話を続けた。
「不安要素はまだある。カインズが連れてきたあの5人組のことだ」
「あれって、アイズの人達だよね?」
ホルクが恐る恐る聞いてみた。
「だろうな。制服で分かる。問題は、何故アイズがここに来たのか、ということだ」
「カインズの付き添いじゃない?」
イミリが髪を弄りながら言う。
「その可能性もある。だが、もし奴らがカインズの『隠し駒』だとしたら?」
ホルクが息を飲んだ。アイズの隊員が、ヘンリー達を失脚させるための手段だとしたら……。
「まさか……僕達を捕まえるために来たとか……?」
「ホルク、何か疚しいことをしたのか?」
ヘンリーがホルクを訝しんだ。
「昨日のディナーをつまみ食いしちゃったよぉ! うわあああああん! ごめんなさあああああい! 僕、捕まりたくないよおおおおお!」
ホルクが泣き喚いて、ジタバタと暴れた。
ヘンリーは「何だ、そんなことか」と言ってホルクから目を逸らした。
当然ながら、アイズはつまみ食い程度で人を捕まえたりしない。
「何者か分からない人間達が屋敷に入っている。カインズと一緒に。怪しいな。それに、あの黒髪の男……相当の手練れだぞ」
ヘンリーの頭には、クロミールを腰に挿したクロムの様子が映っていた。
「足音で分かる。あれは、強い人間の歩き方だ」
ヘンリーは耳がいい。常人では聞き取れない小さな音だろうが、ヘンリーには鮮明に聞こえる。足音を聞けば、その人の大体の特徴が分かるのだ。
「ヘンリーが言うならそうかもしんないけど……アイツ男じゃなくて女でしょ」
イミリの指摘に、ヘンリーの眉がピクリと動く。
「ほう。根拠は?」
「匂い。アイツ、女の匂いがしたもん」
イミリはレイティアと同じように、鼻が利く。
ヘンリーは顎に手を当て、思案顔をした。
「なるほど。女なのに男の格好をしている……。ますます怪しい」
ヘンリーは考えた。自分の立場を良くする方法を。
そして、一筋の閃きが舞い降りた。
「思い付いたぞ。アイズを利用し、カインズを失脚させる妙案が」
イミリがガバリと立ち上がり、明るい眼差しでヘンリーを見る。
「え! 本当!? さっすが秀才!」
ヘンリーは暗い部屋の中で笑みを浮かべていた。ずる賢い策略家の笑みを。
「ああ、イミリとホルクは俺の指示に従って動いてくれ」
汚い手段を選ぼうが、必ず当主になってやる。
そして、作戦が開始された。
* * *
急に新キャラが増えたので、ここらで整理しておきましょう。
○ヴィルカートス・ハルバート
カインズの父。
○メイリー・ハルバート
カインズの母。
○シャルロッテ・ハルバート
カインズのフィアンセの一人。
○ティアナ・チェルダード
カインズのフィアンセの一人。チェルダード王国の第四王女。
○ブブリアド・ハルバート
カインズの大叔母。先代当主。
○ヘンリー・ハルバート
次期当主第三候補。分家の息子。耳がいい。
○イミリ・ハルバート
分家の娘。鼻がいい。
○ホルク・ハルバート
分家の息子。




