第63話 「カインズの婚約者」
屋敷の廊下を歩いていると、二人の女性が近付いてきた。片方は赤いロングヘアーの女性。もう一人は、水色ロングヘアーの少女だった。
「シャルロッテさんとティアナ姫じゃないですか。お久しぶりです」
カインズは二人にお辞儀を繰り出した。
「帰ってきたって聞いたけど、本当だったのね」
赤髪の女性は髪をいじりながらカインズを見た。
「はい。シャルロッテさんはお変わりないようですね」
「そう見えるのなら、気が利かない男ね」
シャルロッテと呼ばれた赤髪の女性は、不機嫌そうに目をそらした。
「カインズ様。ティアナは貴方に会うこの日を、ずっと待ち望んでおりました」
ティアナと名乗った少女は、ドレスをそっと掴んで礼をした。
「ボクもですよ、ティアナ姫」
そう言うカインズの口調はぎこちない。これは嘘を吐いている時の声だ。
「カインズ、この二人は?」
「ボクのフィアンセですよ。シャルロッテ・ハルバートさんと、ティアナ・チェルダード姫です」
二人のフィアンセがいると聞いていたが、この人達のことか。
ティアナはカインズにしたように、優雅な挨拶をした。
「はじめまして。チェルダード王国第四王女、ティアナ・チェルダードと申します」
この国のお姫様が婚約者なのか。政略結婚の匂いがするな。
シャルロッテは俺達を一瞥して、つまらなそうに挨拶した。
「……シャルロッテよ。カインズの遠い親戚にあたるわね。ところで、あなた達は誰なのかしら」
シャルロッテは得体の知れない物を見る目で俺達を見た。
「アイズの所属のクロムです」
この自己紹介は何度目だろうか。礼儀正しい挨拶が分からないから素っ気ない自己紹介ばかりしているが、もしかしたら失礼に思われているかもしれない。
「ふーん、アイズの隊員が5人……。いや、見たところカインズもアイズ隊員のようね。なるほど、分かったわ」
何が分かったのかが、俺には分からない。
シャルロッテは俺達の横を通り過ぎて、颯爽と歩いていった。
「頑張ってね、カインズ。あたし、あなたが当主になるって信じてるから」
シャルロッテがいなくなると、ティアナ姫はカインズに抱き付いて、上目遣いでカインズを見た。さながら、ユリーナが俺にする仕草のようだ。
「カインズ様。帰ってきたということは、ティアナと結婚する決心がついたということですね。ティアナは嬉しゅうございます。カインズ様が当主になられましたら、式を挙げましょう」
「え、えっと……」
カインズは焦った様子で俺の方をちらちら見ている。その後ティアナを引き剥がして、両肩を触った。
「姫。人前で紳士に抱き付くなど、淑女のすることではありません。ましてや貴女は一国の姫。お控え下さい」
「分かりましたわ。続きは、寝室にて……」
ティアナはカインズに笑顔を振り撒きながら、その場を去った。
カインズのため息が聞こえた。
「姫はもっと消極的なら素敵なんですがね」
カインズは後頭部を触りながら言った。
「あ、もちろんクロム隊長の方が魅力的ですよ」
屈託の無い笑顔で言うカインズ。すると、ユリーナが「うんうん」と言って首を縦に振った。
「さて、この先が大叔母様の部屋です」
カインズが指差す先には、おどろおどろしい模様のドアがあった。
「カインズの大叔母さんって、どんな人なんだ?」
「一言で言えば、怖い人ですね。先代の当主で、事実上ハルバート家の最高権力者ですから」
カインズはドアに手を触れた。
「ノックの必要は無いでしょうね。全部聞こえてるでしょう」
そして、重苦しいドアが開いた。




