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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
65/1030

  第五閑話 「エリック・ドールは若き敏腕工場長」

 今回の閑話は、閑話らしい閑話ですね。

 衝動的に書いてしまった。


 次回からはカインズ帰省編が始まります。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 クロム達がラトニア養育園で活動していた頃。

 エリック・ドールは激務に追われていた。

 納期は明日だというのに、出荷する部品達のいくつかがまだ完成していない。工場の従業員達は、死に物狂いで働いていた。

「エリック工場長! マシンがストップしました!」

 若い男性従業員が、トラブルの発生をエリックに訴える。

「任せろ! 五分で直してやる!」

 エリックはすぐさまトラブルの元に出向き、休む間もなく腕を振るった。


 エリックが経営する工場は、主に大型機械の部品を製作している。ネジやボルト、ワイヤーなどだ。型どりなどの作業は製作用機械が自動でやってくれるが、ほとんどの作業は人間がやらねばならない。一刻の猶予も無い今、従業員達はてんやわんやだ。


「工場長! 材料が足りません!」

「急いで買ってこい!」

「工場長! 機械が詰まりました!」

「一旦止めてから掻き出せ!」

「工場長! あんなところに謎の赤い車が!」

「それ俺の車だから!」

「工場長! トイレ行ってきていいですか!」

「早く行け!」

 忙しい時に限って、何故こうもトラブルが多いのか。恐らく、心の余裕の無さがミスを招くのだろうが、だからといって落ち着けるはずもない。

 騒音。怒声。悪臭。砂煙。湿気。

 様々なストレス要因が積み重なる中でも、従業員達はデスマーチを乗り越えようとしていた。

 当然、エリックもその一人だ。

 商品の選別作業という最も大事な工程を、エリックは担っていた。

 生産された商品には、一定の頻度で必ず粗悪品が出てくる。劣悪な部品を出荷してしまえば、機械の不備に繋がる。その結果、取り返しのつかない事故が起こっても不思議じゃない。

 だからエリックは目を光らせていた。粗悪品を一つも見逃さないように。

 ベルトコンベアーに流れるネジの数々を見張り、商品にならない品を取って捨てていた。しかし、今回は不良品の数が多い。

「おい! クズネジが多いぞ! もっと丁寧に仕事しろ!」

 クズネジというのは、業界用語で不良品のネジのことだ。表面がざらついていたり、ヒビが入っていたり、形が曲がっているものはクズネジとなる。

 エリックの怒声が工場内に響き、空気が張り詰めた。従業員達の「はい!」という声も、工場に反響する。


 工場にある機械の全ては、エリックが手作りしたものだ。商品製作用の機械はもちろん、清掃マシンや空調までもエリックが作った。

 そんな彼に、工場の皆は一目置いている。頼れる工場長に憧れを抱く従業員達は、エリックの元で働くことを誇りに思っていた。


 ネジなどを作る仕事は、見る人から見れば地味な仕事だろう。派手な機械を作る訳でもなく、小さな裏方の部品ばかり作っている。

 だが、エリックはそんな地味な仕事が好きだった。確かに、エリックの趣味は機械いじりだ。洗濯機や調理機などを手作りするのが大好きだ。

 しかし、エリックは知っている。どんな高性能な機械だって、小さい部品の集まりだということを。小無くして大はあり得ない。

 エリックは、主役の活躍を支える部品になりたかった。

 クロムやカインズのような戦闘力は持ってなくても、自分にしか作れない機械で仲間を助けることが出来るのなら、それでいい。自分の知識や技術が誰かの役に立つのなら、それ以上の誇りは無い。

 大切な人を、影から支えてあげたかった。


 日が沈む頃、製作用機械の稼働が止まった。

 動作不良ではない。動く必要がなくなったから止まったのだ。

 静かになった工場の中で、エリックは心から叫びをあげた。

「全工程終了! 納期に間に合ったぞおおおおおおおお!」

 はち切れんばかりの喜びを表したその宣言で、工場は歓声に包まれた。

「やったあああああああああ!」

「終わったあああああ!」

 永遠にも思えた激務から解放された。納期までに、製品を全て製作し終えた。

 働くことの喜びは、ここにあったのだ。

「うぐっ……良かったです……。本当に……」

 泣きじゃくって座り込む従業員もいた。彼は先月工場に所属したばかりの新人で、仕事の辛さに何度も何度もへこたれそうになった若者である。

 その度にエリックが励まし、結果、工場の仲間と共に大きな仕事を成し遂げた。

「大変だったけど……働くっていいことですね……」

 泣き止まない若者に、エリックは優しく語りかけた。

「泣くなよ。笑って帰ろうぜ。なんたって、ウチはホワイト企業だからな」

 すぐさま近くの従業員が、「仕事量はブラックですけどね」と小声でジョークを挟んだ。


「お疲れ様だお前ら! という訳で、解散!」

 エリックの号令を引き金に、従業員達は帰路についた。

 積み上げてきた仕事を、噛み締めながら。

 エリックも工場の戸締まりをして、家に帰った。もうすぐ、カインズが中央都市に帰省する。クロム隊のメンバーも、カインズについて行くことになっている。しばらくはこの工場を留守にするだろう。

 ラトニアでやり残したことは無い。心おきなく、カインズについて行こう。

「今日も一日、頑張ったな。俺」

 誰もいない自宅に帰り、体の疲れだけが自分を慰めてくれる気がした。


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