第五閑話 「エリック・ドールは若き敏腕工場長」
今回の閑話は、閑話らしい閑話ですね。
衝動的に書いてしまった。
次回からはカインズ帰省編が始まります。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
クロム達がラトニア養育園で活動していた頃。
エリック・ドールは激務に追われていた。
納期は明日だというのに、出荷する部品達のいくつかがまだ完成していない。工場の従業員達は、死に物狂いで働いていた。
「エリック工場長! マシンがストップしました!」
若い男性従業員が、トラブルの発生をエリックに訴える。
「任せろ! 五分で直してやる!」
エリックはすぐさまトラブルの元に出向き、休む間もなく腕を振るった。
エリックが経営する工場は、主に大型機械の部品を製作している。ネジやボルト、ワイヤーなどだ。型どりなどの作業は製作用機械が自動でやってくれるが、ほとんどの作業は人間がやらねばならない。一刻の猶予も無い今、従業員達はてんやわんやだ。
「工場長! 材料が足りません!」
「急いで買ってこい!」
「工場長! 機械が詰まりました!」
「一旦止めてから掻き出せ!」
「工場長! あんなところに謎の赤い車が!」
「それ俺の車だから!」
「工場長! トイレ行ってきていいですか!」
「早く行け!」
忙しい時に限って、何故こうもトラブルが多いのか。恐らく、心の余裕の無さがミスを招くのだろうが、だからといって落ち着けるはずもない。
騒音。怒声。悪臭。砂煙。湿気。
様々なストレス要因が積み重なる中でも、従業員達はデスマーチを乗り越えようとしていた。
当然、エリックもその一人だ。
商品の選別作業という最も大事な工程を、エリックは担っていた。
生産された商品には、一定の頻度で必ず粗悪品が出てくる。劣悪な部品を出荷してしまえば、機械の不備に繋がる。その結果、取り返しのつかない事故が起こっても不思議じゃない。
だからエリックは目を光らせていた。粗悪品を一つも見逃さないように。
ベルトコンベアーに流れるネジの数々を見張り、商品にならない品を取って捨てていた。しかし、今回は不良品の数が多い。
「おい! クズネジが多いぞ! もっと丁寧に仕事しろ!」
クズネジというのは、業界用語で不良品のネジのことだ。表面がざらついていたり、ヒビが入っていたり、形が曲がっているものはクズネジとなる。
エリックの怒声が工場内に響き、空気が張り詰めた。従業員達の「はい!」という声も、工場に反響する。
工場にある機械の全ては、エリックが手作りしたものだ。商品製作用の機械はもちろん、清掃マシンや空調までもエリックが作った。
そんな彼に、工場の皆は一目置いている。頼れる工場長に憧れを抱く従業員達は、エリックの元で働くことを誇りに思っていた。
ネジなどを作る仕事は、見る人から見れば地味な仕事だろう。派手な機械を作る訳でもなく、小さな裏方の部品ばかり作っている。
だが、エリックはそんな地味な仕事が好きだった。確かに、エリックの趣味は機械いじりだ。洗濯機や調理機などを手作りするのが大好きだ。
しかし、エリックは知っている。どんな高性能な機械だって、小さい部品の集まりだということを。小無くして大はあり得ない。
エリックは、主役の活躍を支える部品になりたかった。
クロムやカインズのような戦闘力は持ってなくても、自分にしか作れない機械で仲間を助けることが出来るのなら、それでいい。自分の知識や技術が誰かの役に立つのなら、それ以上の誇りは無い。
大切な人を、影から支えてあげたかった。
日が沈む頃、製作用機械の稼働が止まった。
動作不良ではない。動く必要がなくなったから止まったのだ。
静かになった工場の中で、エリックは心から叫びをあげた。
「全工程終了! 納期に間に合ったぞおおおおおおおお!」
はち切れんばかりの喜びを表したその宣言で、工場は歓声に包まれた。
「やったあああああああああ!」
「終わったあああああ!」
永遠にも思えた激務から解放された。納期までに、製品を全て製作し終えた。
働くことの喜びは、ここにあったのだ。
「うぐっ……良かったです……。本当に……」
泣きじゃくって座り込む従業員もいた。彼は先月工場に所属したばかりの新人で、仕事の辛さに何度も何度もへこたれそうになった若者である。
その度にエリックが励まし、結果、工場の仲間と共に大きな仕事を成し遂げた。
「大変だったけど……働くっていいことですね……」
泣き止まない若者に、エリックは優しく語りかけた。
「泣くなよ。笑って帰ろうぜ。なんたって、ウチはホワイト企業だからな」
すぐさま近くの従業員が、「仕事量はブラックですけどね」と小声でジョークを挟んだ。
「お疲れ様だお前ら! という訳で、解散!」
エリックの号令を引き金に、従業員達は帰路についた。
積み上げてきた仕事を、噛み締めながら。
エリックも工場の戸締まりをして、家に帰った。もうすぐ、カインズが中央都市に帰省する。クロム隊のメンバーも、カインズについて行くことになっている。しばらくはこの工場を留守にするだろう。
ラトニアでやり残したことは無い。心おきなく、カインズについて行こう。
「今日も一日、頑張ったな。俺」
誰もいない自宅に帰り、体の疲れだけが自分を慰めてくれる気がした。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++




