第57話 「犯された少女」
次の朝。
俺、ユリーナ、カインズ、ファティオの四人は、またもやラトニア養育園にお邪魔した。
本当は朝早くに行きたかったのだが、カインズが遅刻してしまったので、多少遅れての出発だ。今日履くはずのパンツが行方不明になったため、それを探して遅れたという。
「最近ボクのパンツがなくなるんですよ。ちゃんと片付けたはずなんですが……」
カインズは随分困った様子だ。
「物をなくさないコツがありますよ。今度教えましょうか」
ファティオの提案に、カインズは「是非」と返答した。
ラトニア養育園では、今日も元気に子供達がはしゃいでいる。だが、憂いを帯びた少女が俺達に近付いて来た。おそらく、10歳くらいだろう。
「あの……アイズのお姉ちゃん……」
少女はユリーナの袖を引っ張って、か細い声を出した。
「んー? どうしたの?」
ユリーナがしゃがんで、少女と同じ目線の高さになって話す。
「困ってる人がいたら、助けてくれるんだよね? 私達を……助けてくれるんだよね……?」
「うん! 何かあったの? 私達に聞かせて?」
ユリーナは笑顔で接しているが、少女の顔色は晴れない。地面を向き、口をつぐみ、体を震わせていた。
「あ、あの……えっと……」
少女のおどおどした様子に、ユリーナは首を傾げた。
「だ、大丈夫?」
少女の体の震えは増す一方で、ついには少女の目から涙が零れた。
「な、何でもありません……」
少女が去ろうとすると、ユリーナが手を掴んで引き止めた。
「待ってよ。何でもないことないでしょ? 嫌なことがあったなら、私達に相談して? きっと頼りになるから」
尋常でない様子の少女に、ユリーナは優しく語りかけた。
その時、背後から何者かが接近する気配がした。それも、かなりのスピードだ。ハイテンポなリズムの足音と共に、その人物はやって来た。
「兄上! 財布を忘れていますよ!」
レイティア・ハルバート。カインズの妹は疾風のように現れ、カインズに財布を渡した。
「あ、本当だ。ありがとう、レイティア」
流石はカインズの妹。足の速さは常識外れだ。カインズ程のスピードではないが。
カインズが財布を受け取ると、レイティアは怪訝な顔をして鼻を動かした。周りを見渡しながら匂いを嗅ぐこと数秒。レイティアは俺達を見て、言った。
「何てことを……。一体誰ですか。うら若き少女の純潔を汚したのは!」
「どういうことだ?」
俺が聞くと、レイティアは少女の方を向いた。
「この女の子に破廉恥な行いをした人がいるってことです」
レイティアの言葉を聞いた少女は、目を見開いて脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、待って!」
ユリーナが止めようとしたが、少女は遠くへ行ってしまった。
「あの少女の下腹部から精液の匂いがしました。卑劣で凶悪な、性犯罪の匂いです」
レイティアは鼻が利く。俺達が感知出来ない小さな匂いだって、簡単に気付くことが出来るのだ。
彼女の言葉が持つ意味……わざわざ口に出すまでもない。この場の全員が、事態を把握しただろう。
「……あの子はそれの相談に来たってことだね。なるほど。簡単に口に出せる悩みじゃないよ」
カインズの言う通りだ。性犯罪の被害者には何度も会ってきたが、多くの人は被害にあったことを語りたがらない。自分が犯されたという事実を認めたくないし、周りにいやらしい目で見られるのを嫌うのだ。
その上、この時代においては性犯罪はそれほど悪行に見られない。人口が極端に減ったため、子孫を残す行為は是とされるのだ。たとえ女性の人権を踏みにじろうとも。
……そもそも、この時代に『人権』なんて甘えた概念は存在しない。豊かで幸福だった過去の遺物。『はじまりの日』以前にしかない権利だ。人権を謳うほど、今の時代に余裕は無いのだ。
国家が娼館を経営するほどに、世界は性に積極的になった。だが、そんな時代でさえも、流石に幼女を犯すのは是ではない。まだ生殖能力も無い子供に手を出すとは、常軌を逸した外道だ。許せない。
「やはり事件は起きていたようだな」
来て正解だった。苦しみの中にいる少女を、見捨てずに済んだ。
「ええ。子供に害する人間を、許す訳にいきません」
ファティオは拳を握り締め、業腹の様子だ。普段は温厚なファティオだが、いざという時は感情を爆発させることをいとわない。ファティオ・ハージはそういう男だ。
「あの子を汚した犯人を捕まえるぞ。俺は、性犯罪が殺人より嫌いなんだ」
俺も怒り心頭に発している。
7年前の自分が、背中を押してくれた気がした。
「あのー、ちょっといいですか?」
ユリーナが手を上げた。
「あの子は『私達を助けて』と言いましたよね?」
ユリーナの発言で、重大なことに気付いた。『私』ではなく、『私達』。
「そうか、被害者は一人ではない……!」
犯人の魔の手は、他の子供にも及んでいたのか。
「でしたら私に任せて下さい。園内の子供達の匂いを嗅いで、被害者達を特定します」
レイティアが手を上げて提案した。確かにレイティアの嗅覚を使えば、被害にあった女の子を見つけられるだろう。犯人探しも捗るかもしれない。だが……。
「いいのか?」
貴族の少女に精液の匂いをたくさん嗅がせることになる。捜査のためとはいえ、何だか申し訳ない。
「構いません。仕事柄、色んな匂いを嗅いできましたから」
レイティアは笑顔で答えた。衛生団の仕事では、ドブ川の清掃や、ゴミの回収などをしている。レイティアもその度に色んな匂いを体験してきたということか。
「では、任せる」
被害者探しはレイティアに一任して、俺は養育園の先生に状況を伝えに行った。
幼い子供に恐怖と絶望を与えた犯人……。
絶対に捕まえてやる!




