第54話 「私立ラトニア養育園」
子供たちのはしゃぎ声。色とりどりの花壇。数々の遊具。
ここは子供たちの居場所、私立ラトニア養育園だ。俺たちは、そこの正面玄関から中に入った。
園内の庭を見ると、ファティオが子供たちと戯れていた。
5歳から10歳くらいの男の子たちが、ファティオと滑り台で遊んでいる。和気あいあいとした空間だった。
「ファティオさん! お手伝いに来ました!」
ユリーナが声をあげると、ファティオが俺たちに気付いてくれた。
「皆さん。来て下さったんですか」
「ああ。何か俺たちに手伝えることはあるか?」
俺が聞くと、ファティオは一階建ての広い建物を指差した。
「それなら、あちらにいる園長先生に聞いて下さい」
建物の外には、明るい笑顔を振り撒く中年男性がいた。彼は子供たちと仲良さげに話している。あの人が園長先生か。
早速、園長先生に挨拶しに行った。園長先生は快く俺たちを歓迎してくれた。
「ファティオさんのお知り合いですか。お手伝いして下さるとは、何ともありがたい限りです。早速ですが、あちらの子供たちと遊んでくれませんか」
園長先生が指差す先には、6人の子供たちが立っていた。男の子が4人、女の子が2人。砂場の上で、つまらなそうにうろうろと歩き回っていた。
「あの子たちの担当の先生が、今日は予防接種に行ってまして。6歳の子供たちなので、優しく接してあげて下さい」
「お任せ下さい」
俺とユリーナとカインズは、砂場の子供たちの元へ向かった。
男の子の一人が、怪訝そうに尋ねてくる。
「お兄さんたち、誰?」
「ボクたちはアイズのメンバーさ。ファティオさんの仲間だよ」
カインズの口からファティオの名を聞くと、子供たちが一斉に安心した様子を見せた。
「ファティオお兄さんの知り合いか」
「じゃあいい人ね」
「ぼくたちと一緒に遊んでよ!」
身元不明の男の言うことを信じて安心するなんて、いつか変質者に誘拐されないか心配だ。いくらファティオの信頼が厚いからって、俺たちまですぐ信用するのは危険だろう。……と考えるのは、俺が警戒ばかりする人間だからだろうか。いや、別に心配しすぎでも無いはずだ。この時代は誘拐事件が多いからな。この養育園は防犯意識をもっと教育すべきだろう。俺たちは何も変なことをする気は無いがな。
「はーい! お姉さんと一緒に遊びましょう!」
ユリーナはノリノリで子供たちに接している。
「随分テンション高いお姉さんだね」
「この年頃の娘はアイデンティティーの確立のために、過剰な行動を取るときもあるのさ」
「仕方ないわね。あたしたちがお姉さんと遊んであげるわ」
あれ、結構ませた子供だな。「アイデンティティーの確立」とか言う子供は初めて見たぞ。
ユリーナは、3人の子供とキャッチボールで遊んでいた。といっても全然キャッチさせるつもりの無い、ゴムボールの連射だ。弾力のあるボールが、ユリーナを目掛けて次々と襲う。3人の男の子に囲まれて、ユリーナは集団リンチを受けていた。
「あ、痛い痛い! 地味に痛いからやめて! ……胸ばっか狙わないで!」
頭を手で覆ってうずくまるユリーナ(の胸)に、何度も何度もゴムボールが当たる。顔くらいの大きさのボールがぶつかる度、ユリーナの二つのボールがぷるんぷるん揺れる。貧乳の俺には分からんが、多分痛いんだろう。3人の男の子たちはニヤニヤと下品な笑いを浮かべていた。男の子は幼い頃から男の子だな。
「クロムさぁん……。助けて下さぁい……」
ユリーナは情けない声で泣き始めた。子供相手に泣かされるなよ……。
子供たちは相変わらずボールを投げ続けている。
止めるべきか? うん、止めるべきだな。
「そのくらいでやめておけ。痛いことしたら駄目だぞ」
俺が叱りつけると、子供たちは「はーい」と言って手を止めた。案外素直で、いい子じゃないか。
「このお子さまめぇ……。もう許さないんだから……」
ボールの猛攻が止むや否や、ユリーナが立ち上がって子供たちを睨んだ。一転攻勢。子供たちは蛇に睨まれた蛙のように怯えている。
「ユリーナ。大人げないぞ。6歳児相手に怒るな」
俺が叱りつけると、ユリーナは「だってぇ……」と言って怒りを静めない。案外聞き分けの無い、悪い子じゃないか。
……子供か、お前は。
「大丈夫ですか、お姉さん」
ユリーナの元に駆け寄って、ハンカチを差し出す男の子が一人。
「あ、ありがとう」
ユリーナはハンカチを受け取って、ボール攻撃で汚れてしまった顔を拭いた。
「レディを傷付けるとは、野蛮な少年たちですね。それにしても、美しい女性だ。僕と結婚してあげてもいいですよ」
ハンカチ少年はキザったらしい口調でユリーナを口説いた。こんな大人びた台詞、誰から教わったんだ。
「美しい……!? いやぁ、それほどでもー。アッハッハ!」
ユリーナは照れまがら顔をニヤけさせた。6歳児のお世辞に本気になる、16歳児の女。
「でもね、私はクロムさんという運命の人がいるから。君とは結婚出来ないの」
「そのクロムさんというのはどんな男なんです?」
ハンカチ少年は残念そうに聞いた。
ユリーナは俺の腕に抱き付き、顔を擦り付けた。
「この人。強くて、格好よくて、優しくて、とっても素敵な人なの!」
だが女だ。
こんな光景を見せては、場の空気が変になりそうなので、俺はユリーナを引き剥がした。
「離れろユリーナ」
「クロムさんったら照れちゃって」
ハンカチ少年は手を叩いて微笑んだ。
「あなたにはいい出会いがあったようですね。僕の目から見ても、素敵な男性だ。どうか、末長くお幸せに」
息を吐くようにお世辞とお祝いの言葉が出る。大人だ。大人の6歳がここにいる。
どっかの大人げない16歳に見習わせたい。
「全く、ユリーナは子供の扱いが分かってないなぁ」
カインズがおもむろに鞄を開き、中から小物を取り出した。お手玉、フープ、チェルダードカードなどだ。
「街のサーカス団の本気、見せてあげるよ」
人気ピエロのカインズが、ついにその手腕を披露する。




