第53話 「養育園のお手伝い」
ソフィーの一件を解決してから、二週間とちょっとが過ぎた。カインズが帰省する日まで、あと5日だ。クロム隊は最近忙しくなっていき、ゴタゴタし始めていた。
「だぁーっ! 暇ですよクロムさーん!」
そんな中、アジトのソファーにて、ユリーナが寝転がっていた。ユリーナはつまらなそうに天井を仰ぎ、体をくねくねと動かしている。忙しさとは無縁だ。
「遊んで下さいよー」
今朝からずっとこんな調子だ。やることが無いから、ダラダラしている。
「暇なら仕事でも探せ。ずっと俺の手伝いを続けるつもりか」
「ええーっ」
俺が忠告しても、ユリーナは不満そうに声を漏らすのみだ。一応ユリーナの職業は『アジト管理人補佐』、つまり俺の手伝いということになるが、それは仮の仕事だ。俺一人でも管理人の仕事は出来るし、正直ユリーナの手助けは必要無い。ユリーナには別の職を見つけて欲しいものだ。
「今のままでいいじゃないですか」
「お前の助けは必要無い」
「ひ、酷いです……。私だって頑張ってるのに」
ユリーナは声のトーンを落とした。
俺は部屋を片付けながら話を続ける。
「微力だがな。他の仕事は不満か?」
「いやぁ……。現状に満足しちゃうと、なかなかやる気が起きないんですよ。クロムさんと一緒に居れる、今の仕事が最高だなぁ……って思っちゃうんです」
向上心が足りないな。僅かな手伝いで給料を貰う、今の生活に満足してもらっては困る。本格的に、ユリーナの就職活動を始めなければ。
ユリーナはソファーから立ち上がり、窓の外を見た。
「ミミと遊んでこようかな」
「ミミは忙しいから駄目だ。何でも、害虫が発生したとか」
アジトの畑を荒らす虫が現れたせいで、今日のミミは忙しなく働いている。
「ええっ!? 大変! 手伝わなくちゃ!」
「やめておけ。素人が手を出すと悪化するそうだ」
今朝俺が手伝おうとすると、ミミに止められた。こういった仕事は、専門の農家であるミミに一任した方がいいという。
ユリーナは「そうですか……」と言って窓から離れた。
「じゃあエリックさんは?」
「エリックも多忙だ。納期が近いから、工場は引っ切り無しに働いている」
工場長のエリックは、特に大忙しだという。
「皆忙しいんですねー」
「忙しいと言えば、今日、任務の依頼が来ていたぞ。ラトニア養育園の人手が足りないから、手伝って欲しいとのことだ」
ユリーナが俺に素早く近付いた。
「そんな任務があったんですか。何で教えてくれなかったんですか!」
ワクワクした様子で、ユリーナは顔を近付けた。
「ファティオが行ってくれたからな。一人で十分だと言っていたから、あいつに任せたんだが……。ユリーナも手伝いに行くか?」
ユリーナは即答した。
「行きます行きます!」
余程暇だったのか、任務が来ただけで楽しそうだ。いいことだがな。
ユリーナは顎に手を当て、首を傾げた。
「でも、ラトニア養育園って職員の数は充実してましたよね? 何で人手が足りなくなったんです?」
私立ラトニア養育園は、3歳から12歳までの子供たちが通える保育施設だ。共働きの家庭の子供や、人とのふれあいを欲する子供たちが集まる。身寄りの無い子供たちも引き取っていて、孤児が多く暮らしている。職員数は20人。子供たちの数は80人。街の信頼も厚い、大規模施設だ。人手が足りないなんてことは、滅多に無い。
「今日はシアノ熱の予防接種がある日だ。何人かの職員は、3歳児を連れて病院に出向いている。だから今日だけは人手不足なんだ」
「あー。なるほど」
シアノ熱というのは、全世界で流行している凶悪な感染症だ。発症すれば高熱や頭痛などの症状が襲い、高確率で死に至る。体の免疫力も低下するため、他の病気にもかかりやすくなる。厄介な病だ。
国際医療・衛生機関(通称『衛生団』)の定めたルールにより、新生児と3歳児はシアノ熱の予防接種を受けることが義務付けられている。ラトニア養育園の3歳児も、今日は全員病院に行くのだ。当然、保護者の職員と一緒に。
「ファティオさんだけに任せておけませんね! 私たちもレッツゴーです!」
「俺も行くのか」
「当然です! クロムさんがいなかったら、私は誰に抱き付けばいいんですか!」
誰にも抱き付かなければいいと思う。
ユリーナが盛り上がっていると、カインズがアジトのドアを開いた。
「ただいま戻りました!」
カインズは汗だくで、息を切らしていた。随分お疲れの様子だ。
「おかえり、カインズ。どこ行ってたんだ?」
俺が尋ねると、カインズは息を整えつつ答えた。
「修行ですよ」
なるほど。修行か。それなら訓練場を使えばよかったのに。訓練場じゃ出来ない修行なのか?
「カインズさんも行きます? 養育園のお手伝い」
「任務かい? よし、行こうか」
カインズが参加したことで、計4人で行くことになった。ファティオは今頃養育園で働いているだろう。
クロム隊の新任務。今回は、ラトニア養育園の手伝いだ。
俺たち3人は、目的地へと歩き出した。




