第52話 「殺意の四人」
自分が死ぬ瞬間を考えたことはあるだろうか。
今を生きている人間達は、なかなか自分の死に様について想像しない。幸せな死や格好いい死を想像する人はいれど、無慈悲に殺される想像をする人は少ないはずだ。
誰だって死にたくない。誰だって不幸な死は迎えたくない。
だが、現実はどうだ。死は突然にやって来る。明日生きている保証などどこにも存在しない。
理屈も、常識も、法律も、モラルも、純然たる殺意の前では無力だ。
この時代は、特にそうだ。当たり前のように人が死に、抵抗虚しく人口は減っていく。経済は混乱し、国家は半壊し、体制は無意味になった。かつての秩序が失われ、社会が崩れていったこの時代。それでもまだ人類は。
『人類が滅ぶ訳ないと考えている。』
今に見えている見せかけの平穏が、ずっと続くと思っている。
何故気付かない? 人類が絶滅に向かっていることに。
『彼ら』は殺す人間だった。生きる権利などを平然と信仰している者共に、現実を見せつける存在だった。
生きているのが当たり前なんじゃない。死ぬのが当たり前なのだと。
『彼ら』は既に多くの人間を殺した。『彼ら』は異常だったのだろうか?
法律やモラルに照らし合わせて考えれば、そうだろう。『彼ら』は『狂って』いた。
だが同時に、極めて『正常』であった。本来なら滅ぶはずだった人類を、あるべき姿に戻しているのだから。
『必ず殺す』という執念の元に、『彼ら』は集まった。その執念の手は、何度でも何度でも、人類の心臓を掴む。
「集まったようだな……。テメェ等……」
ここは小さな廃墟。健全だった文明の面影を残した、死にかけの建物。
そこには4人の男女が集まっていた。黒と白の髪の青年。七色の髪の男性。紫の髪の老人。赤とオレンジの髪の少女。
『彼ら』は、殺す人間達だった。
「センが一番遅かった癖に、偉そうな台詞だね。あんまり調子乗ると、殺しちゃうよん」
少女は、人懐っこい笑みで青年を詰った。
「殺ってみろよ。殺せるならな」
センと呼ばれた青年は、余裕を持って謗り返す。
「セン殿もスーニャ殿も落ち着いて下され。今は大切な話し合いデスぞ」
老人は、殺意剥き出しの二人をたしなめた。
「まあ、小生達が欲するのは、話し合いではなく殺し合いでしょうがね。しかしながら、大人な対応のベシムさんに、小生、深く感服」
七色の髪の男は、ベシムという老人に頭を下げた。
「ところで、小生達が話す内容とは、一体どんなもので?」
「テマネスク殿は聡明でよろしい。今回語るべきは、各々の役割分担デスぞ」
ベシムは3人の顔を見て、低く話した。
「拙者とセン殿が雑兵の撹乱。テマネスク殿が王国騎士団の相手を。そしてスーニャ殿が本命の仕事をして頂く。異議はありますかな?」
数秒の沈黙があった後、青年……センが口を開いた。
「いいぜぇ。オレは殺せれば何でもいいからよぉ」
センの発言に釣られるように、スーニャとテマネスクも同意した。
「オッケー。あたしも殺せれば誰でもいいよん」
「与えられた重責に、小生、少し緊張。故に、美しい」
ベシムは話を続けた。
「侵入経路についてデスが。これはセン殿の『セナージ』に任せるとしましょう。中央都市のどの方位からでも、侵入可能デスから」
センは頷いた。
「任せろよ」
「では最後に日時の確認デス。日付は二週間後の戴冠式の日。時刻は午前9時。東側ゲートの前に集合。よろしいデスかな?」
誰もが首を縦に振った。
「『観察者』は今回の仕事に協力の姿勢を見せています。もしかしたら、拙者達の手助けになるやもしれません。……それでは解散デス。願わくは、執念の手が奴らの命を掴まんことを」
『彼ら』は去っていった。各々の殺意を胸に秘めながら。
死は段々と近付いて来る。明日の自分は生きているのだろうか。
誰もが気付かなかった。誰もが想像しなかった。
自分の生が確かなものだと、信じて疑わなかった。
『彼ら』の刃は、もう首筋を撫でているというのに。
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