第50話 「ソフィーとテリー」
ソフィー・クロシアは愛を信じていなかった。
夫とソフィーを裏切った母。彼女の存在が、ソフィーから愛の観念を奪っていた。
ソフィーが愛するのは、自分の子供達だけだった。男女の間に愛は無いと、信じていた。
テリーと出会ったのはいつだっただろうか。ソフィーはそれすらも覚えていない。
ソフィーがテリーの子供を身籠ったと分かった時、テリーが交際を申し込んできた。結婚を前提に付き合ってくれ、と。テリーの態度は誠実で、真剣そのものだった。しかし、ソフィーはこう思っていた。
「性欲処理の道具を手元に置いておきたいだけでしょう」と。
交際にはOKしたが、ソフィーはテリーのことなど好きではなかった。愛を信じていなかったからだ。
実際、ソフィーと交わった男の多くは、ソフィーを性欲処理の道具として見ていた。テリーのような人間は稀だ。
婚約が成立した頃も、ソフィーは行きずりの相手と夜を過ごした。テリーはそれに反対したが、ソフィーは理由が分からない。
「あなたにも気持ち良くしてあげてるのに」「自分専用の道具にしておきたいの?」「何が不満なの?」
テリーの愛に気付かないソフィーが、理解できるはずはなかった。
ある朝、テリーがリオンを連れて、屋敷を出ていった。何が目的かなんて、当時のソフィーには分からなかった。ただ、息子を連れ去られた怒りだけがソフィーを支配し、アイズに助けを求めた。
テリーの正体を隠し、アイズに捕まえてもらおう。テリーには痛い目を見てもらわなくちゃ。
そう思っての行動だ。
アイズが屋敷に来た日。その夜は、エリックを襲う予定だった。エリックの子種を貰うため、ソフィーはエリックの寝室に忍び込んだ。
『失敗するはずない。今までの男は全て、わたしに身を預けてきた。男は性欲だけの生き物だ』
そう思っていたソフィーだったが、結果はどうだ。
エリックはソフィーを拒み、自分はクロムが好きなんだと言った。
自分の芯が折られた気がした。ソフィーは、この日初めて愛に負けた。
妻を裏切ってまでソフィーを抱いた男だっていたのに。
ソフィーの中で、何かが揺らいだ。長年持っていた、何かが。
次の朝、ソフィーはテリーの写真を集め、クロム達に渡した。ソフィーとテリーがデートした時の写真だ。テリーの正体を隠すため、四辺をカットした写真を渡した。
写真の中のテリーは、いつだって笑顔だった。これが『性欲処理の道具』と共に過ごした時の笑顔だろうか。この明るい笑みは、誰のためのもの?
ソフィーはやっと気付いた。テリーは本当にソフィーを愛していたのだ。ソフィーと、リオンを愛していたのだ。既にソフィーには6人の子供がいたが、テリーならその子達の父親になってくれるだろう。
不貞を続けるソフィーが許せなくて、それでもソフィーのことが好きで、悩み苦しんだ末に、テリーはリオンを連れ去るという選択をした。でも、本当は後悔していた。テリーはソフィーと一緒にいたかった。ソフィーも、テリーに会いたくなった。
ソフィーは、テリーの愛を欲した。
エリックに好かれるクロムのことが、何だか羨ましくて、つい呟いた。
「貴女は愛されてるんですね」
ソフィーは迷っていた。
わたしはどうすればいいんだろう。
アイズが屋敷を出てしばらく経った後、ソフィーは思い立った。
テリーに会いに行こう。謝らなくちゃ。そしてわたしの気持ちを伝えたい。
しかし、ソフィーには幼い子供達がいる。彼らを放っておく訳にはいかないし、皆を連れてテリーを探しに行くのも大変だ。
そんな時、インターホンの音が来客を告げた。ソフィーがインターホンの画面を確認すると、そこには見知った男が立っていた。
彼は聞き慣れた声で、話した。
「ソフィー。いるかい?」
テリー・クロシアが。ソフィーの夫が。
リオンを抱えて、会いに来ていた。
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