第48話 「誘拐犯は誰だった」
翌朝、クロム隊の5人は聞き込み調査に出掛けるため、屋敷を後にした。今日は犯人の情報を、街の人々から聞く予定だ。だが、犯人の情報が無いと捜査がしづらいな。
と思っていたら、ソフィーが写真を数枚持ってきて、俺達に手渡した。
「リオンの写真です」
俺達にいくつかの顔写真が配られた。まだあどけない赤ちゃんの姿が写っている。これがあれば、リオン君の捜索が捗りそうだ。
「それと、犯人の顔写真です。お使い下さい」
俺達にそれぞれ一枚ずつ、男の顔写真が配られた。写真に写る男の顔は、男らしい好青年に見えた。焦げ茶色の短髪が特徴だ。どの写真も笑顔で、正面を向いていた。
俺に渡された写真は、四辺に切り取られた形跡があった。
不可解だ。
「この写真はどこで手に入れたんですか?」
見知らぬ男のはずの犯人の顔写真を、何故ソフィーが所持しているのか。
俺が尋ねると、ソフィーは数秒ためらってから答えた。
「写真の整理をしていたら、たまたま犯人の顔写真が見つかったんですよ。あの、これは、街の写真を撮った時に偶然撮影したもので……」
ソフィーの口調はハッキリとせず、嘘の匂いが濃かった。
この人は俺達に何かを隠している。そう考えて間違いないだろう。後で探りをいれてみるか。
そういえば、ソフィーだけでなくエリックの様子も怪しい。今朝から俺をいやらしい目で見てくるし、(あいつは普段からいやらしい目で見てくるが、今日はいつもより露骨だ。)俺を見る度に申し訳なさそうな顔をする。
今朝、エリックが洗面所を借りて自分のパンツを洗っていたことと、何か関係があるのだろうか。これも後で探ろう。
「そうですか、感謝します」
ソフィーに軽く礼を言い、捜査に出発だ。
俺達が屋敷を出る時に、ソフィーが小声で呟いた。
「貴女は愛されてるんですね」
俺が振り向くと、ソフィーは俺達に背を向けて屋敷へと帰っていった。
誰に向かって言ったのかは分からない。寂しさと羨望が混じったような声だった。
捜査場所は、ラトニアの商店街に決めた。ここなら人通りも多いし、(と言っても、100人ぐらいだが。)より多くの情報が得られるだろう。
商店街には、多種多様な店舗が大通りを挟むように建っていて、商売の戦場になっていた。人口の少ない今の時代では、モノや金の動きが悪い。需要に比べて供給の量が少ないので、景気が悪いのだ。生産者や商売人が少ないのが、原因の一つだろう。苦しい生活から逃れるため、商人達は知恵と努力を発揮して商売に励むのだ。
俺は露天商の男を捕まえて、犯人の写真を見せた。
「この男について、何か知りませんか」
「………………」
露天商の男は何も言わず、俺に右手を差し出した。なるほど。ただで話すつもりは無い、と。
俺はポケットから150ヴァルエ硬貨を取り出して、男に渡した。150ヴァルエなら、野菜ジュース200ミリリットルくらいの価値だ。
男は硬貨を受け取ると、すぐさま口を開いた。
「この男なら知ってるぜ。テリーだろ」
犯人の名前はテリーと言うのか。
男は話を続けた。
「テリーの居場所を知りたいのか? だったら時計塔の公園を探しな。アイツ、赤子を抱えて公園の近くをうろちょろしてたぜ」
時計塔の公園か。意外と早く居場所が割れたな。
約100メートルの高さを誇る時計塔は、ラトニアの象徴とも言っていい観光スポットだ。中央都市の最先端技術が駆使された巨大アナログ時計が、正確な時刻を市民に伝えている。近くにはちょっとした公園があるので、デートスポットにも使われている。また、カインズが所属していたサーカス団が、たまにあそこでショーをする。
ラトニアでは有名な場所だ。
俺は露天商に礼を言い、その場を去った。
商店街にある巨大な銅像の付近に、俺達クロム隊が集まった。ちなみにこの銅像は昔のチェルダード国王の像だ。彼は国の商業発展に大きな貢献をもたらしたらしいが、俺はよく知らない。時計塔には劣るが、それなりに高い銅像だ。この上に立てば商店街全体を見渡せる。現在、像の上に立っているエリックが言うんだから、間違いない。
「うーん、見つからねーな」
エリックは王の銅像の頭上に立ち、双眼鏡を使って公園付近を見ていた。無礼なことだ。王国関係者が見たら激怒するだろうな。落ちる危険があるが、万が一落ちたらカインズがキャッチするから大丈夫だ。
エリックの手作り双眼鏡は、かなり遠くまで見通せる優れものだ。商店街の奥に位置する公園だって、まるで目の前にあるかのように観察できる。
「おっ! それっぽい奴発見! ベンチに座ってんな」
エリックが大声で報告する。そして銅像の体の凹凸を足場にしながら、ぴょんぴょんと跳んで地面に降りていった。
「赤ちゃんを抱っこしてたぜ」
「よし、全員行くぞ」
俺、エリック、ユリーナ、ミミが公園に向かうと、カインズ提案を出した。
「犯人が移動するといけないので、ボクが先に行って足止めしておきますね」
「ああ、頼むぞ」
カインズは腰を低くして、ダッシュの構えをとった。
「お任せを」
そして勢いよく走り出したかと思うと、高く跳躍して、空高く跳んだ。見たところ、高さ40メートルぐらいか。カインズの体は弧を描くように前方へ飛んでいった。
「いつの間にあんな高く飛べるようになったんだ」
カインズが大ジャンプするのはよく見る光景だが、速さも高さも、前より上だ。脚力を鍛えたのか。相変わらず、凄い奴だ。
カインズは一回のジャンプで時計塔に近付き、時計塔の壁を蹴った。その反動で地面に向かって降下し、俺達の視界から消えた。建物に隠れて見えないが、おそらく公園の地面に着地したのだろう。
俺達もノロノロしてられない。
「急ぐぞ!」
俺達は走るスピードを速め、公園へと向かった。
* * *
カインズは公園の地面に落下し、ベンチを探した。落下時に砂埃が舞ったせいで、視界が悪い。
そんな中、隕石のように突然現れたカインズに対して、驚きを見せる男が一人。
クロム達が探している男、テリーである。テリーはリオンを抱え、ベンチの上に座っていた。
カインズはテリーを見つけ、ゆっくりと歩きだした。
「テリーさんとリオン君……ですね?」
アイズの制服を着た青年の質問に、戸惑いながらも答えるテリー。
「そう……ですが……。あなたは一体……?」
「アイズ所属の、カインズ・ハルバートと申す者です。リオン君誘拐の容疑で、あなたに尋ねたいことがあります」
「誘拐」というワードに、テリーの思考が硬直する。テリーは状況を把握し、大声をあげた。
「誘拐!? 何を言ってるんだ! 僕はこの子の父親だぞ!」
* * *




