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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
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第40話 「心から貴方を愛してます」

 訓練場で向かい合う二人の男女。カインズと俺だ。

 訓練場の端っこには、二人を見守る六人の人々。エリック、ユリーナ、ファティオ、ミミ、ロマノ、レイティアだ。

 張り詰めた空気の中、模擬戦闘開始の時が刻一刻と近付いていく。

 今回の模擬戦闘は特別ルールだ。どちらかがギブアップするか、戦闘続行不可能になるまで続く。


 俺は二本の木刀を装備した。一本を腰に差し、もう一本を右手で持つ。

「カインズ。お前の武器はどうする?」

 丸腰のカインズに尋ねた。

「必要ありません。ご先祖様から受け継いだこの肉体が、ボクの最強の武器です」

 初めてカインズと戦った時と同じだ。あいつは自信に溢れている。

「そうか」

 手加減する気は一切無い。カインズが本気で来るなら、俺も全力をぶつけてやる。

「準備はいいか」

 エリックが俺達を見て言う。俺とカインズは、黙って頷いた。

「では……始め!」

 エリックの声が訓練場に響き、戦闘開始の合図となる。


 最初に仕掛けたのはカインズだ。カインズは俺に向かって一直線。素早く間合いに近付いた。

 俺はカインズの顔に木刀を振るう。カインズはいとも容易く避けた。いや、俺が避けさせたと言った方が適切か。反射神経がいいカインズなら、こんな単純な斬撃くらい簡単にかわすだろう。それを理解した上で、俺は「おとりの攻撃」を放った。

 カインズの突進のスピードのおかげで、俺の木刀の相対速度は凄まじい速さになっている。それを避けるカインズには焦りが生じているはずだ。「すごく速い斬撃だ! 早く避けないと!」という風に。それ故、カインズの避け方は多少大袈裟になっていた。言い換えれば、動きに無駄が多いのだ。最小限の動きならともかく、無駄に大きく動いたならバランスが崩れてしまう。俺の狙いはそれだ。

 カインズは斬撃を避けるために、体を右に大きく傾けた。すぐさま、俺の足払いがカインズを襲う。

 文字通り足元を掬われたカインズは、体をゆっくり回転させつつ床に倒れていく。カインズの腹が天井を向いた時、俺は木刀の柄をカインズの腹に打ち付けた。

「ぐうっ!」

 カインズは鈍い声を出して、背中を思いっきり床にぶつけた。

 カインズが反撃を試みる前に、俺は後ろに跳び、距離を開く。


 「おとりの攻撃」をわざと回避させ、本命の攻撃を繰り出す。

 俺がよく使う手だ。

 この前、ユリーナに俺とカインズの戦闘を見せた時もそうだった。唾液を飛ばすという「おとりの攻撃」の背後に、本命の攻撃が潜んでいる。そしてカインズのスピードを利用して、カインズを吹っ飛ばしたのだ。相手の力を利用するのが、『アイズ流護身術』の基本だからな。

 人は往々にして、一回の成功で油断する。その後に待ち構えている失敗に気付かないのだ。一回目の攻撃をかわして油断した敵は、二回目の攻撃を避けづらい。

 人の心理を突いた戦闘スタイルなのだ。

 まあ、これはロマノの受け売りだが。


 カインズは素早く立ち上がり、俺に向かって構えを取った。

「まだです!」

 カインズはジグザグに走り、俺との距離を詰めた。動きが不規則で、次の動きが予想しにくい。

 なるほど。考えたな。俺のカウンターをやりづらくするつもりか。

 だが甘い。

 俺はカインズの動きを見切り、腹に目掛けて横一閃。木刀は食い込むようにカインズの腹に直撃し、カインズは吹っ飛ばされた。

「がはっ!」

 カインズは壁にぶつかり、大きな衝突音が訓練場に響く。衝突のダメージは大したことないと思うが、木刀のダメージは相当だろう。速く移動するということは、受けるカウンターのダメージが大きいということだから。

 これが、猛スピードで走るカインズの欠点だ。と言っても、カインズは自身の驚異的な動体視力と反射神経で、その欠点を克服している。自分に向かってくる障害物を余裕でかわせるのだから、その欠点は無きに等しいものだった。

 しかし、俺の剣速は、カインズですら回避出来ないスピードだ。カインズが長年克服してきた弱点を、俺が復活させた形になる。


 そもそも、車より速いカインズのスピードに、何故俺が対応し、反撃出来るのか。そこには、慣性の法則が関わっている。

 止まっている物体は停止し続けようとする。故に、動いていないカインズが急に走っても、いきなり車並のスピードで走ることは出来ない。だんだん加速していき、しばらく経った後で最高速度を出せるのだ。カインズがこちらに突進しようが、そのスピードは車並ではない。本気の速度よりも、かなり遅い速度だ。それでも多くの人間は見切れないスピードだ。でも、俺なら見切れる。


 しかも、ジグザグに走るということは、こまめに停止と加速を繰り返すということ。停止する度に自身のスピードを殺し、また加速しては停止する。要するに、遅くなってしまうのだ。ジグザグに前進した場合、前方向のスピードは減らないが、左右方向のスピードは落ちる。せっかく俺を攪乱しようとしても、これでは意味が無い。

 動きを見切るのは簡単だった。


「どうした。こんなものか」

 俺はカインズを焚き付けた。

 カインズの実力がこんなものじゃないのは、俺が一番分かっているはずだ。

 何度も訓練を繰り返してきた。何度もカインズと戦ってきた。何度もあいつを打ちのめした。

 カインズが俺に勝つことは一度も無かったが、それでもカインズの強さは理解しているつもりだ。きっと、レイティアよりも。


 俺の期待通り、カインズは立ち上がった。痛みなどおくびにも出さず、強く強く立ち上がった。

「まだ終わってません!」

 カインズはもう一度向かってきた。俺が木刀を構えて斬ろうとすると、カインズは急停止して、天井に跳んだ。

「何っ!?」

 予想外の動きだった。

 カインズは天井を蹴って、勢いよく降下。そのまま俺に飛びかかる。

「……くっ!」

 俺はギリギリでそれをかわし、木刀をカインズに叩きつける。

 木刀が、折れた。

「っ……!」

 先程の俺の攻撃で、刀身にダメージがあったようだ。カインズの頑丈な肉体に思いっきり打ち付けたのだから、当然か。折れた木刀は捨てた。

 俺は背後に下がりつつ、二本目の木刀を抜いた。こうなることを予期しての二本目だ。


 カインズは諦めずに何度も立ち向かってきた。その度に俺はカウンターを返す。

 何度も。何度も。何度も。

 攻撃方法のバリエーションが少ないのか、カインズの行動パターンは大抵同じだった。

 カインズの攻撃が一度も当たらないまま、長い戦闘が続いていく。

 次第にカインズの肉体は傷付いていき、声の調子が辛そうになっていく。

「まだ……負けてません……!」

 最初の様子とは打って変わって、弱々しかった。姿勢が段々崩れていき、まともな構えを取るのさえ難しいようだった。

「ハァ……ハァ……。ぐっ……!」

 カインズの息が著しく乱れていく。体力の限界だった。俺に比べて、カインズは激しい動きを繰り返している。スタミナの消耗は大きいはずだ。

 カインズの自慢のスピードも、見るに耐えない程遅くなっていった。その上、ぎこちない。体が震えていた。

 もう何度あいつを斬ったか分からない。常人なら死んでもおかしくない程斬ったと思う。そんな非情とも言える攻撃が出来たのは、相手がカインズだからだ。

 俺はあいつを信じている。

 カインズの体の強さを。カインズの精神の強さを。カインズの覚悟の強さを。


「負ける訳にはいかないんだ……」

 カインズが小さな声を発した。

「ボクにはクロム隊長しかいないんだ……。他の誰でもない、貴方が……。だからっ……倒れる訳にはいかないんだっ……!」

 カインズがゆっくり俺に近付く。最早、速さに任せて突撃する力も残っていないようだ。

 オーディンと戦った時、俺も同じように立ち上がった。絶対に譲れない『何か』のために、自分に鞭打って立ち上がった。

「カインズ……」

 ギブアップしろ、とは言えなかった。あんな姿を見せられて、どうして「諦めろ」と言えるのか。


 カインズの愛が、心の奥底まで伝わってきた。

 この男を前にして、俺はまだ拒み続けるのか。逃げ続けるのか。


 7年前のあの日、俺は名ばかりの愛に失望した。もう信じてやるものかと誓った。自分を男装という鎧で包み、愛を拒んだ。

 愛に裏切られたくない。

 でも、俺は変わるべきじゃないのか。

 俺は、カインズの愛を裏切っているのではないか。


「俺は……」

 俺はどうするべきだ? いや、俺はどうしたい?


「うあああああああああああああああ!!」

 カインズが近付く。自身を奮い立たせるような声だった。


 俺は……。俺は……。

 気付くと、木刀を離していた。もう、俺にカインズを斬る覚悟は無い。

 あいつと同等の覚悟なんて、無い。


 カインズのことは嫌いではないし、むしろ好きだ。でも、それは異性としての『好き』ではない。仲間として好きなんだ。

 それでもカインズは、俺を異性として好きになってくれた。

 俺は本当に、この思いを拒絶したいのか?


「カインズ……もういい」

 俺は決めた。ギブアップしよう。

 俺にあいつの妻になる資格があるのか分からない。今でも、あいつを異性として見てはいない。

 でも、カインズを拒絶するのは、もう嫌だった。

 それが、俺の答えだ。


「ギ……」

 ギブアップ、と宣言しようと言葉を発した時、バタリと倒れる音がした。

 カインズが俺の目の前で、倒れていた。魂が抜けたように、ふっと倒れていった。

「兄上!」

 レイティアが急いで駆けつけて座り、カインズに触れた。

「兄上! 大丈夫ですか!」

 カインズの返事は無い。気を失っているのか。

 俺はしゃがんでカインズの様子を見た。大丈夫だ。息がある。死んではいない。

「生きてる。気絶しているがな」

 俺が言うと、レイティアは一瞬、俺を恨めしそうに睨み、すぐさまカインズの背中に顔を埋めた。

「無茶しすぎですよ……兄上……」

 涙声だった。兄を労っているのか、兄の無事を喜んでいるのか、レイティアの感情は分からなかった。


「勝負あり。勝者、クロム」

 エリックが勝敗を告げる。淡々として、それでいて感情的な声だった。

 静寂が訓練場を支配する。レイティアの小さな泣き声が聞こえるのみだ。

 誰もが、言葉を発せずにいた。

 長い時間が過ぎた気がした。


 そして、俺とカインズの戦いは終わった。

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