第39話 「カインズの求婚」
カインズからのプロポーズ。初めてのことではなかった。
思いを打ち明けられるのは、二回目か。
「なっ……何ぃ!?」
エリックが驚きのあまり固まっている。
「お前のプロポーズを聞くのは……あの時以来だな」
「そうですね。当時は失礼をおかけしました」
カインズが自嘲的な笑みを浮かべた。
カインズがアイズに入団して間もない頃。俺とカインズは模擬戦闘を行った。結果は俺の圧勝。自信満々で挑んだカインズを、返り討ちにしたのだ。
戦闘が終わった後、カインズは至極真面目に言った。
『ボクと結婚して下さい』と。
考える間もなく断った。カインズは、俺を好きになってプロポーズしたんじゃない。そんなこと、分かっていたから。
「あの時はハルバート家としての宿命のみを考えて、自分やクロム隊長の気持ちを顧みなかった。優秀な人間だという理由だけで、好きでもない人に一族の都合を押し付けてしまった。断られるのも当然です。でも、今は違う。長年一緒にいて、クロム隊長の魅力に気付いたんです」
カインズは俺の手を取って、三度目のプロポーズをした。
「ボクはあなたが好きです。だから、結婚して下さい」
嘘の気配など全く無い、本気の目だった。
だが、俺の答えは変わらない。
「すまないな」
カインズは打ちひしがれたような顔をして、悲しそうに口をつぐんだ。
「その答えは、前におっしゃってた『クロム隊長の過去』と、何か関係があるのですか?」
「……否定はしない」
俺が他者の愛に答えない理由も、俺がこんな格好をする理由も、全ては7年前にある。だが、それを言い訳にしていいのか。俺は、逃げているだけじゃないのか。何度も何度も悩んだ。でも、怖いんだ。一歩踏み出すと足元が崩れるんじゃないかと思うと、怖いんだ。
今に甘えていたい。そんな弱さがどうしても拭えなかった。
だから、俺は断った。エリックも、ユリーナも、カインズも。
彼らが嫌いな訳じゃない。でも、あいつらの愛に答えてしまうと、大切な何かが壊れる気がして怖いんだ。
「すまないな……」
もう一度言った。少し、謝罪的なニュアンスを込めて。
「分かりました」
カインズは俺の手を離した。
「でも、諦めきれないのでチャンスを下さい。ボクと模擬戦闘をして、ボクが勝ったらプロポーズを受け入れる。ボクが負けたら、結婚は諦める。というのはどうでしょうか」
カインズからの提案。俺を賭けての勝負か。
「いいだろう」
もしかしたら、カインズは俺の迷いを見抜いたのかもしれない。このままモヤモヤした気持ちで終わるより、戦いではっきり決着をつけた方がいい。
俺はカインズの挑戦を受け取った。
「クロムが負ける訳ねーな」
エリックは、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「カインズさんが勝ったら、クロムさんと二人っきり、ラブラブ新婚生活ですかぁ……。いいなぁ。私もクロムさんとイチャイチャしたいのにー」
ユリーナは指を加えて俺達を見た。
「二人っきり、ですか。そうでした。大事なことを言い忘れてましたね」
カインズは真面目な顔を崩さない。
「ボクには既に2人のフィアンセがいます。両親が勝手に決めた女性達ですけどね。だから、ボクはクロム隊長を3番目の妻として迎えるつもりです」
初耳だ。重婚は、この国を含む多くの国で認められている。ハルバート家のような貴族なら、複数人の妻がいてもおかしくない。だが、カインズにフィアンセがいたのは初めて聞いた。カインズが家出する前にフィアンセがいたとしたら、12歳くらいの時に許嫁を決められたということか。
「ふざけんな!」
エリックが、カインズを一発殴った。手加減しているようには見えなかった。カインズは壁に吹っ飛ばされ、大きな物音が鳴る。エリックは、怒りの形相でカインズを睨んでいた。
「3番目だと!? テメーがクロムただ一人を愛するってんなら、俺は大人しく引き下がったよ! でも他に婚約者がいるのに、クロムにプロポーズするとはどういうことだ!」
エリックはカインズの胸ぐらを掴み、顔を近付けた。
「テメーみてぇなハーレムイケメンなんかよりなぁ! 俺の方がクロムのこと好きなんだよ!」
「ちょ、ちょっとエリックさん!」
ユリーナがエリックを止めようと前に出る。俺はユリーナを手で制して止めた。
「クロムさん……」
ユリーナが俺の顔を見る。
「大丈夫だ」
俺はエリックの肩に手を置いた。
「俺のために怒ったんだよな。ありがとう。でも落ち着け」
「クロムは許せるのかよ! 自分の都合しか考えないコイツを!」
カインズは自分の都合ばかり考える奴じゃない。心優しくて、気遣いの出来る男だ。そのことはエリックだって分かっているはずだ。
「自分の都合……。そうですね。ボクはワガママです。でも、ボクはクロム隊長が好きです。クロム隊長だけが好きなんです。家族が決めたフィアンセ達とは違う。ボクの本当のお嫁さんとして、一緒に中央都市に来て下さい。ボクにワガママを貫かせて下さい」
カインズは俺の気持ちを考えて、俺の気持ちを理解しようとして、それでもなお『ワガママ』を言っている。これはカインズの覚悟だ。
カインズ・ハルバートとして。一人の男として。
引き下がる訳にはいかないのだ。
俺は、この覚悟のために戦う。
「分かった」
俺はカインズからエリックの手を離した。
「訓練場に行くぞ。カインズ」
俺とカインズの結婚を賭けた戦いが、始まる。




