第38話 「ロマノVSオーディン」
「オーディン様、おやめ下さい」
シエルがオーディンの戦闘を止めに入る。だが、オーディンは聞く耳を持たなかった。
「すぐ終わる」
オーディンはロマノの顔を狙って拳を振るった。常人には避けられない速度だ。しかし、ロマノの『アイズ流護身術』は、こういった力任せの攻撃には相性抜群だ。
ロマノはパンチを避け、オーディンの腕を自分側に引っ張った。オーディンが前のめりになり、バランスを崩す。続け様に、ロマノはオーディンの顎にアッパーを食らわした。殴られたオーディンの顔が上を向く。ロマノは畳み掛けるように、オーディンの腹に蹴りをお見舞いした。
「ぐうっ!」
オーディンは後方へよたよたと下がり、腹と顎を押さえていた。
丸腰の戦闘において、ロマノは俺より格上だ。曲がりなりにも、俺の師匠だからな。
相手の力を利用して、バランスを崩したり打撃の威力を上げたりする。それこそが『アイズ流護身術』の真骨頂だ。
ロマノだけに任せたくない。俺も戦わなくては。
俺は持てる力の全てを込めて、よろよろと立ち上がった。
敵の姿を目に映し、クロミールの矛先を向ける。
「ハァ……ハァ……」
息が乱れようと、関係無い。体が限界だろうと、知ったことじゃない。
俺はオーディンに負ける訳にはいかない。
「オーディン様。クロムが立ち上がりました。あの二人と戦うおつもりですか」
「……流石に分が悪いか。引き上げるぞ、シエル」
オーディンは笑った。悔しそうに、それでいて嬉しそうに。
オーディンとシエルは、足早にビーチを去った。
「待てっ!」
ロマノがオーディンを追おうとする。俺も……。
急激に視界が暗くなり、魂が抜けるような感覚を味わった。
俺は倒れたのだと、遅れて気付く。
ロマノが俺の方を振り向き、目を見開いた。
「クロムちゃん!」
ロマノの、声は、霞んで、よく、聞こえなかった。
そして、久し振りに、感じる、熟睡の、ような、感覚を、覚え……。
俺は…………………………。
目が覚めると、アジトの寝室にいた。眼前には見慣れた天井が見え、背中にはふかふかのベッドの感覚がある。いつの間にか、アイズの制服に着替えさせられていた。
そうか。あの時、俺は気を失ったのか。
どのくらい寝ていたんだ?
壁の時計を見ると、約4時間経っていた。
「………………」
言葉が上手く出てこない。
俺は、負けたのか?
「おはよう。クロムちゃん」
ロマノの優しい声が、耳を撫でる。
ロマノは俺の隣に座っていた。もちろん水着姿ではなく、いつものワンピース姿だ。
「ロマノ……俺は……」
ロマノは俺の言いたいことを把握して、先に答えた。
「負けたよ。オーディン達には逃げられた。幸い、皆無事だけどね」
…………そうか。
俺は敗北したのか。
「皆、意識を取り戻してる。元気だよ」
そう言うロマノの顔は、何か言いたげな複雑な表情をしていた。
「ごめん、自分が早く駆けつけていたら、こんなことにはならなかったかもしれない」
リーダーとしての責任か。それだったら、俺だって同じだ。
「あの時ロマノが来てくれなかったら、俺達は殺されていたかもしれない。だから、お前を責める奴なんかいない。むしろ、感謝している」
俺がもっと強ければ。オーディンに負けない強さがあれば。
最善の結果が得られたかもしれない。
あんな悪の権化みたいな男を逃がしたツケは、いつか回ってくるだろう。
「あんな奴がいたなんてな……」
一対一の戦闘で、まともに負けたのは初めてだ。いや、今回は五対一か。エリックも、カインズも、ミミも、ファティオも、俺も、全員負けた。
「くそっ……」
言葉に出来ない悔しさに襲われた。敗北の苦味は、こんなにも辛いのか。
強くなりたい。今以上に、もっと。
リビングに赴くと、クロム隊メンバーとロマノ、そしてレイティアが席に着いていた。皆、憂いを帯びた顔をしていた。オーディンとの戦いが、心に刻まれているのだろう。
「クロムさん!」
涙目のユリーナが、俺の胸に飛び込んだ。病み上がりの俺に配慮してか、少し控えめなハグだった。
「よかった……無事でよかったです……」
心配をかけてしまったな。ありがとう、ユリーナ。
「皆集まったねー。じゃあ、今後のことについて話すよー」
ロマノは手を叩き、全員の注目を集めた。
「自分は本部に帰って、オーディン・グライトについて調べようと思う。また会った時に、今度こそ負けないようにね」
「で、ボクはといいますと……」
カインズはレイティアを見つめ、その後、皆を見渡した。
「一ヶ月後、ボクはレイティアと一緒に、中央都市に帰ります。大事な責務がありますから」
前に話していたことだ。カインズは次期当主を決める行事に参加しなければいけない。
「ボクが次期当主に選ばれたら……皆とはお別れになるでしょう」
ハルバート家の当主になれば、各地を旅して危険な任務をこなすなど、許されまい。当然、アイズを辞めることになる。
「寂しくなりますね」
ファティオはカインズと仲が良かった。別れを惜しむ気持ちは強いだろう。
「どうせ当主になれずに戻ってくんじゃねーの?」
エリックが軽口をを叩くと、レイティアがエリックを睨んだ。カインズをバカにされたと思ったのだろう。別にバカにしてはないと思うが。
カインズは妹の様子に気付かず、話した。
「それでですね。ハルバート家は、優れた女性を妻に迎えるのはご存知ですよね」
それは俺も知っている。ハルバート家は優秀な異性と子孫を作ることによって、質の高い遺伝子を残している。言うなれば、人間の品種改良だ。
カインズは話を続ける。
「ボクは家を出てからずっと、才能ある女性を探してきました」
カインズが俺をしっかり見つめた。
「ボクが知る中で、あなた以上の女性はいない」
そして、言った。
「クロム隊長。ボクと結婚して下さい」




