第36話 「加害の一振 ジャンバラ」
クロミールの真っ直ぐな刃を向けると、オーディンは意外そうな顔をした。
「それはキャリア・スカーロの武器か? 確か、『純潔の一振』という名だろう」
こいつ、クロミールのことも知っているのか。キャリアの作った武器は、知る人ぞ知る存在だというのに。
「では貴様がクロムか。女だったとはな」
黒ビキニを着用している今なら、性別を間違えられる俺でも、男だと思われまい。初対面の相手に女と認識されるのは久しぶりだった。
「刀の名を、教えてはくれまいか?」
「……クロミールだ」
「良き名だ。貴様が純潔の一振を振るうのならば、手加減はいらんな。我が輩もキャリアの武器を使わせてもらおう」
そう言ってオーディンは腰の刀を抜いた。
世界に数本しかない、キャリア・スカーロの武器。それを、この男も所有しているのか。
「『加害の一振 ジャンバラ』だ」
オーディンの刀……『ジャンバラ』は、歪な形をしていた。法則性の無い曲がり方をしていて、所々に傷や穴や錆びがあった。武器どころか、刃物として不自然なまでの、奇妙な見た目だ。だが、決してなまくらではあるまい。刀身から溢れる殺意……いや、悪意がそれを裏付けていた。見ているだけで気分が悪くなるフォルムだ。
見た目だけでなく、臭いも不快だ。俺はレイティアのような優れた嗅覚を持っていないが、『ジャンバラ』から発せられる悪臭を嗅いでいると、吐き気がする。よくこの臭いを鞘の中に封じ込めていられたものだ。もしかすると、鞘に消臭効果があるのかもしれない。刀身にネバネバした何かが付着しているが、それが悪臭の原因なのか。
そんな悪意の塊みたいな刀を構え、オーディンは俺を睨んでいた。攻撃のタイミングを見計らっているようだ。
「どうした? 来ないのか」
オーディンが露骨に俺を挑発する。お互いに隙は見せない。だが、このまま睨み合っていても埒が明かない。
様子見として、俺が先に仕掛けた。俺はオーディンの顔に目掛けて刀を振る。オーディンは難無くかわし、ジャンバラで反撃を試みた。
させるか。
俺はクロミールを剣先に持ってきて、オーディンの斬撃を防いだ。
耳を疑うような高音が、ビーチに鳴り響いた。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
頭がおかしくなるんじゃないかと思う程の爆音。刀が悲鳴を上げたかのように、狂った奇声がジャンバラから発せられた。およそ刀がぶつかる時の音とは思えない。
一瞬、俺は動揺し、隙が生まれた。
オーディンは続けざまに刀を振り、そして俺はギリギリでかわした。
俺は後ろに跳んで、オーディンと距離を取った。
「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。人の五感を弄ぶように刺激し、病的なまでに不快にさせる。精神が崩壊し、気を失うまで。それが『ジャンバラ』の能力だ」
オーディンは自分のオモチャを自慢するように、嬉しそうに説明した。一番至近距離でジャンバラの能力を受けているはずなのに、何ともないみたいにけろっとしていた。
「存在自体が悪そのもの。キャリアの史上最悪の問題作だ。故に、我が輩に相応しい。我が輩はこの程度の『悪意』では倒れんからな」
要するに、ジャンバラの能力はオーディンには効かないってことか。理不尽だ。
通常なら、キャリアの武器を手にしたものは、自分の名前を元にした名称を、武器に付けるはずだ。そういう風習らしい。俺がクロミールを手に入れた時もそうだった。しかし、『オーディン』の武器が『ジャンバラ』。共通点が見当たらない。
では、偽名か。オーディンが偽名かもしれないし、ジャンバラを入手した時に使っていた名前が偽名なのかもしれない。
どうであれ、こいつが『偽名を当たり前のように使う人間』なのは、間違いないだろう。イーヴィル・パーティーのボスなら、不思議でもない。
「ユリーナ。お前は逃げろ」
キューと戦った時と同じだ。ユリーナがここにいては、正直足手纏いだ。それに、ユリーナを守りきれる自信が無い。そのくらい、目の前の男は危険だった。一度刀を交えただけでも分かる。オーディンの実力は俺と互角か、それ以上だ。
「わ、分かりました!」
今回のユリーナは指示を聞いてくれた。俺達を信頼してくれているのだろう。
ユリーナが視界から見えなくなったのを確認し、眼前の敵に集中を注ぐ。
「援護します!」
「僕も!」
ミミとファティオが、それぞれ自分の荷物をビーチパラソルの下から取り出し、自らの武器を手に取った。
ミミは毒薬。ファティオは拳銃。
ミミが赤の毒をオーディンに向かって投げつける。オーディンは試験管の軌道を目視し、左前方に移動することで避けた。オーディンのいた場所に、赤い煙が立ち込めた。
「ほう。毒か」
オーディンは面白そうに赤い煙を見ていた。
ミミは再び試験管を構える。だが、オーディンが試験管の下部をジャンバラで切断し、毒がミミの周りで気化した。またもやジャンバラから嫌な音がする。斬られた毒は青の毒だ。ミミは自分の毒で麻痺し、「ううっ……」と唸って倒れた。オーディンは毒の範囲外に下がり、青の煙を回避した。
エリックの時と同じだ。相手の武器を利用する……言い換えれば、相手の強さを盗む戦い方だった。
ファティオが狙いを付けて拳銃を撃った。オーディンは流れるような動作で体を右に曲げ、銃弾をかわした。見えているとは思えない。だが、『攻撃が来ると予想したから避けた』と言わんばかりの避け方だった。
見覚えのある戦い方だ。俺が一番理解している戦い方だ。
オーディンは素早くファティオに近付き、ファティオの左肩に肘鉄を当てた。ファティオの怪我を知ってか知らずか。どちらにせよ、弱い所を突かれたファティオは、痛みを露にして背後に倒れた。いつの間にか拳銃が奪われている。
オーディンはファティオを撃つ……かと思いきや、袖口から取り出した小袋を開け、ファティオの顔面に落とした。小袋から飛び出た粉が、ファティオの口と鼻を襲う。
「ゴホッゴホッ!」
苦しそうな咳をあげた後、ファティオは目を瞑って動かなくなった。
「強力な麻酔薬だ。分量によっては麻薬にもなるがな」
瞬く間に、ミミとファティオを無力化したオーディン。無駄のない動きで迅速に敵を封じ込める戦い方は、俺とよく似ていた。
オーディンはジャンバラを再び構えた。
「残るはお前一人だな、クロム」
余裕を持った笑みが、腹立たしい。
仲間を次々と倒されて、状況は芳しくない。
オーディンが皆を殺す気配は無かった。だが、油断は出来ない。
俺は静かに怒りを燃やし、刀に殺意を乗せた。
殺すつもりで行かなければ、勝てない。
俺の勘が、そう告げていた。




