第31話 「報告会と殺意の青年」
デグルヌ室長の話を聞いて駆けつけた先には、9つの死体が転がっていた。顔を青紫に変色させた男女の死体。運搬用の大型車に、死の空気が漂う。
「どういうことですか、これは」
俺は質問を繰り出した。俺以外のクロム隊員は皆、言葉を失っていた。
「分かりません。気付いた時には、この人達はこの有り様で……。どうやら、毒殺されたようですが……」
デグルヌは異常な色の死体を見て言った。俺は、人の皮膚はこんなおぞましい色になりうるのかと、驚きを隠せないでいた。
「うううっ……」
ユリーナはあからさまに不快感を出していた。多分、死体を見るのは初めてなんだろう。かなり気分が悪そうだった。
「我々は、確かにこの人達を監視してたんです。ですが、1分程目を離した時があって……その時は誰もこの人達の様子を見てませんでした。きっと、その時に殺されたんです」
まるで言い訳をするような口調で、デグルヌ室長が状況を語った。
「1分……」
そんな短い時間で、9人の人間を殺害したのか。
「この件に関しては、我々が調査します。アイズの皆様のお手を煩わせるつもりはありません。ただ、一応皆様方にはお知らせすべきだと判断しました」
「……分かりました」
毒殺となれば、科学的な知識が必要な調査になるだろう。その点ではデグルヌ達はプロだ。俺達素人は手を出さない方がいい。
「いいんですか、クロム隊長」
カインズが、俺の表情を窺いつつ尋ねた。
「いいんだ。行くぞ」
「……了解です」
そして俺達は帰還した。言い知れないもどかしさを感じながら。
ルクトシンと違って長閑な雰囲気の、ラトニアの街に帰ってきた。空気が新鮮だ。静かながらも、生命の気配が心地よい。機械ばかりの窮屈な感覚が無い。やはりラトニアはいい街だ。安心感がある。
「ふあーっ。戻って来ましたー」
ユリーナが気持ち良さそうに背伸びをした。
「まずはロマノに報告だ」
俺達はアジトへと足を進めた。しばらくして、見慣れたアジトの風景が目に映った。アジトの正面玄関に、ロマノが立っている。ロマノは俺達に気付くと、手を大きく振った。
「あ、帰ってきたー! みんなー。お帰りなさいでーす」
ロマノの所に辿り着いて、全員でアジトに入った。
「さて、結果報告を聞きましょーか」
リビングのテーブルにて、今回の任務の報告会が始まった。俺は起こった出来事を全て報告した。
ロマノは興味深そうな顔で頷いていた。
「ふむふむ。なかなか衝撃的な出来事がありましたねー。ともかく、みんな無事でよかった。お疲れ様」
ロマノは席を立ち上がり、楽しそうな表情をした。
「頑張ったみんなに朗報でーす! お疲れ様の意味を込めて、パーティーを開くことにしました!」
「パーティー……?」
「そうですよクロムちゃん。自分、腕によりをかけてご馳走を作っちゃいます!」
ロマノは料理が上手い。俺も料理の腕には自信があるが、ロマノの足下にも及ばない。ロマノは、プロのシェフ顔負けの実力なのだ。
「やったー! パーティーだー!」
両手を上げて喜ぶユリーナ。はじける笑顔で、嬉しそうである。
「楽しみにしてるといいですよ、ユリーナちゃん」
ロマノは鼻歌を歌いながらキッチンに向かっていった。
* * *
ニトラ教団員が捕まって、しばらく経った時。
ボル・レジスは一目散に荒野を走っていた。ボルは自分勝手な男である。同志達がアイズに捕らえられようが、見捨てて自分だけ逃げた男である。同志達はボルがドラゴンを殺すと期待している。だが、ボルはそんな期待など無視して逃げた。ただ、己が助かりたいから。
ここはルクトシンと中央都市の間にある荒野。ボルが走る先には、チェルド大陸最大の都市が待っている。
「中央都市まで逃げれば、こっちのものだ」
息を汚く乱しながら、ボルは言った。
ボルは、荒野にぽつんと立つ青年を見つけた。小汚ないローブに身を包み、顔をフードで隠した、痩せぎみの青年。革のブーツを履いているが、右足だけサイズが大きい。腰に刀を装備していた。
ボルはその青年を無視して過ぎ去ろうとしたが、青年の足払いによって、ボルは勢いよく転けた。
「な、何をする!」
ボルの抗議を聞こうともせず、青年は質問を放った。
「この辺りにぃ、ルクトシンっつー街があるはずなんだがよぉ……。テメェ、知らねえか?」
挑発的な口調で尋ねる青年。ボルは苛立ちを露にしながら立ち上がって、答えた。
「ルクトシンなら向こうだ! 何だ貴様の態度は! 俺をニトラ教団教祖、『ニトラ・ケッベイル』様の側近だと知っての行いか!」
ボルのセリフを聞くと、青年は狂気的な笑みを浮かべた。
「へぇ……。テメェ、ニトラ教の人間かよ……」
そう言った瞬間、ボルは縦に真っ二つに切断された。
ボルの左右の体はゆっくりと重力に従い、地面に落ちた。吹き出る血が、青年と大地を汚す。ボルの切断面は滑らかで綺麗だった。いや、綺麗すぎた。『ボルの体は元々二つだった』と言われても疑問を抱かない程、綺麗に斬られていた。
青年は腰の刀に手を当てている。彼の斬撃をよけることなど、出来るはずはなかった。神ですら形容出来ない刹那の一撃から、逃げられる訳はなかった。天才青年の快捷なる殺意に、ボルは殺されたのだ。
「これでノルマ達成……ってことでいいんだよな?」
青年は目を見開いて呟いた。
「残りの9人はあのジジイが殺してんだろーな、今頃ぉ。チッ、羨ましすぎて殺したくなるぜ……」
風が青年のフードを脱がす。青年の髪は左側だけ黒く、残りは綺麗な白だった。
「まあ、いいか。後はオレの自由に殺させてもらうぜ」
静かな荒野で、一人の青年が歩いていた。
* * *




