第30話 「護衛任務終了、そして」
激動の戦闘から数時間後。
熊飼のロープで拘束されたニトラ教の男女が、劇場の外の草原に座らされていた。鎧などの装備は剥がされている。彼らは劇場の外の草むらに一まとめにされ、今から警察署に運ばれるところだ。
中央都市の学者達がここに来るのに使った、大型の車がある。それでニトラ教団員を運ぶ訳だ。
避難していた学者達は、エリックとファティオと共に劇場に戻り、ニトラ教団員達を軽蔑と怨恨の目で見ていた。学会が中断させられたのだがら、学会達が怒りを示すのも当然だ。学会は別の日に、中央都市で開かれるそうだ。セキュリティが万全な中央都市なら、暴徒の襲撃も起きないだろう。だったら最初からそっちでやれよ、と思ったが、中央都市で発表なんかしたら、必要予算が半端ないらしい。極度の過密状態の中央都市では、土地や建物を借りるのに大金がいるからだ。人口の少ないこの時代に、過密の街とは。想像できない。
「中央都市で発表とは、わくわくしますね。お金の心配はありますけど」
デグルヌ室長は笑顔で語った。大都会での晴れの舞台となれば、心踊るだろう。予算が降りて良かったですね。
ニトラ教団員を車に乗せようとした時、事件は起きた。
「一人いないぞ!」
高齢の学者が、声を荒らげた。車の荷台に乗せられた教団員は、トーマス含めて9人。確かに、一人足りない。
「ボルさんなら既に去ったぞ。貴様らが目を離した時にな!」
意識を取り戻したトーマスが、したり顔で言った。ロープで動きを封じられている癖に偉そうだ。
「ボルさん」というのは、俺と戦って逃げた鎧男か。確か、「ボル・レジス」と名乗っていた。
「ボルさんは俺と同じく、教祖様の右腕。今回の粛清の発案者でもある。必ずや、再びドラゴンを殺しに来るだろう」
仲間を置いて逃げ出した奴が、教祖の右腕か。今も仲間を放置して逃げ出した訳だが。アイズとしては、奴をみすみす逃がしたくない。
「ボル・レジスを捕まえに行くぞ」
俺が指示して動こうとすると、マジマジ所長が止めた。
「いや、その必要は無い。お前達の仕事はここまでだ。警護は学会が終わるまで、という話だったからな」
確かにそういう話だったが、学会は日を改めて行うのでは?
……いや、今回は引こう。アイズの基本三方針は、『弱者を助ける』『出来るだけ人は殺さない』『お節介はしない』だ。お節介は、逆に人を不幸にする。クライアントがやめろと言うなら、やめるべきだろう。
「ご苦労だったな」
マジマジ所長が、俺達クロム隊に優しく声をかけた。最初の人当たりが悪かったため、マジマジ所長の態度に違和感を覚える。まあ、いいか。クライアントのお達しだ。俺達の任務は、ここで終了となる。キューの安全は、中央都市のセキュリティシステムに任せるとしよう。カインズが言うには、中央都市のセキュリティは世界屈指の優秀さを誇るらしい。高価な代物ではあるが。
キューも中央都市に行ってしまうのか。短い付き合いではあったが、別れるとなると少し寂しいな。
そう言えば、今回の任務では誰一人殺さずに済んだ。ロマノから殺人許可は降りたし、殺す覚悟も出来ていたが、それでも人を殺さずに済んだのは嬉しい。死の観念に淡白な俺でも、命を奪うのは好きじゃないからな。
「……『アイツ』と違ってな」
無意識に呟いた。何故今、『アイツ』のことを思い出したのかは分からない。俺は、頭に浮かんだ白髪の少年の映像を、無心で掻き消した。
俺はクロム隊メンバーに集合をかけ、任務の終わりを告げた。
「皆、お疲れ様だ。これにて任務は終了。俺達はアジトに帰還する」
「キューとはお別れなんですか?」
ユリーナが寂しそうな目で聞いた。
「そうだ。キューは中央都市に預けられる。あそこなら大丈夫だろう」
「うん。クロム隊長の言う通り。ボクが保証するよ」
カインズがユリーナに笑顔を向けた。
「ユリーナは初任務だったか。必死によく頑張った」
俺がユリーナの頭を撫でると、ユリーナは顔を紅潮させて、口に手を当てた。
ユリーナの甘えた眼差しが、俺の顔に近付く。
「クロムさん……続きはベッドでお願いします……!」
その『続き』とやらををする予定は無い。
「そこをどけ、ユリーナ! クロムの夜は俺のものだ!」
エリックが興奮してユリーナを睨んだ。俺の夜はお前のものでも無い。
今夜はいつも以上に警戒して寝る必要がありそうだな。俺の貞操の危機だ。
「はいはいそこまでですよ」
ファティオが手をパンパンと叩いて場を静めた。
「皆さん、寄り道せずに帰りますよ。クロム隊長、研究所の皆さんへの挨拶は?」
「もう済ませておいた」
「じゃあここに用は無いですね。では、出発!」
ファティオの掛け声によってクロム隊メンバーが足を進めた。
「ま、待って下さーい!」
デグルヌ室長が後ろから走って追いかけて来た。何やら切羽詰まった様子だ。
「何事ですか」
俺が落ち着いて尋ねると、デグルヌは息を整えてから答えた。異常なまでの狼狽を露にして。
「捕まえたニトラ教団員達が全員……何者かに殺害されました!」




