表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
30/1030

第29話 「スパイ」

 ブラッドドラゴンの咆哮は劇場に響き渡り、その場の人間の耳を貫く。

 ニトラ教団にとってそれは邪悪な雄叫びであり、不快な響きに他ならなかった。

「おのれドラゴン……っ!」

 その時、豪快な音が入り口から聞こえた。扉を乱暴にこじ開けたクロムが、観客席を疾走する。一瞬にして状況判断をしたクロムは、敵と思わしきコートの女に視線を向けた。

「遅くなったな」

 そう言うやいなや、クロムのスタンガンが一人のコート女を襲う。絶縁体の鎧を着ていないコート女は、電撃をモロに浴びて倒れた。エリック特製のスタンガンは、生身で耐えられる代物ではない。

「クロム隊長……!」

 助けに来てくれた。これ以上頼もしい味方はいない。油断とまではいかないものの、程よい安心感を得たミミは、半泣きになって喜んだ。

 クロムはクロミールを抜き、別のコート女のガスマスクを斬った。ガスマスクの一部に切れ込みが入り、毒ガスの侵入を許せる状態になった。さっきミミが放った青の毒は、もう無害な気体に化学変化していた。ならば、もう一度投げればいい。ミミは壊れたガスマスクに目掛けて、青の試験管を投げた。割れた試験管から溢れ出す青い気体が、ダイレクトに敵を襲う。

 一連の動作は瞬く間に終わった。

「あ……がっ……」

 コート女の全身が麻痺し、床にバタリと倒れた。

 これ程までに迅速かつ息の合った連携が出来たのは、クロムとミミの付き合いが長いからである。お互いの意図、特技、行動が把握出来たからこそだ。

「クロムさぁん! 私も助けて下さぁい!」

 ユリーナが、情けない声で助けを乞う。その表情は、恐怖で少し歪んでいた。ユリーナは2人のコート女の攻撃をギリギリでかわしながら、舞台上を逃げ回っていた。かわすことが出来ただけで、逃げ回ることが出来ただけで、十分ユリーナの成長は窺えるのだが、ユリーナのピンチは変わらない。

「ユリーナ!」

 クロムはユリーナに素早く近付き、コート女2人に足払いを仕掛ける。研ぎ澄まされた足の一撃は、見事コート女達のバランスを奪った。そして、転けた隙に麻酔針を打つ。コート女達の腕に、プスリと針が刺さった。手慣れたものである。


 しん、と。ふざけてるみたいに、急な静寂が訪れた。

 襲撃に来たニトラ教団員は全て撃破。後は、熊飼のロープか手錠で束縛して、警察に引き渡すだけだ。蜜の楽園の時と同じく、十分な証拠を用意すれば、形骸化した警察でも動くだろう。計9人の暴徒を突き出したら、警察は忙しくて大変だろうが。

「ユリーナ、ミミ、よくやった」

 クロムは、コート女達からキューを守り抜いた部下に、労いの言葉をかけた。ミミは毒を封じられた状態で戦い、ユリーナはクロムの教えを生かして戦ったのだ。

 そのことをクロムは知らない。でもクロムは、心から、「よくやった」と言った。

 息を乱して頷く部下達を、優しく見つめながら。

「クロムさん! 私、頑張りましたよ! 誉めて下さい!」

 ユリーナがクロムの胸に飛び込んだ。クロムは平たい胸でユリーナを受け止めながら、「ああ、よくやった」と、また呟いた。

「じゃ、コイツらを縛っておくぞ」

「はい、クロムさん!」

「了解しました、隊長」

 クロム、ユリーナ、ミミは、劇場で倒れる4人の女を、ロープで捕らえた。動けないように、キツく縛った。


 この時、誰も気付かなかった。

 今、キューのそばには、誰もいない。


「おやおや、騒ぎは収まったようですね」

 呑気な声が、劇場内に入ってきた。クロムが振り向くと、その先にはトーマス・ホワイト副所長が立っていた。避難して遠くにいるはずの男が、いつの間にか舞台の上に立っていたのだ。

「流石はアイズの皆様。お仕事が早い」

 トーマスは劇場内を一瞥すると、縛られているニトラ教団員に目を向けた。その後、自分の足元に置かれている、キュー入りの檻を見つめた。

「このドラゴンの影響なんですかねぇ……これも」

 トーマスは右手に持った鞄を開き、中から……。


 1メートル強の大きさの銃を取りだし、銃口をキューに向けた。


「……っ!?」

 状況を理解したクロムが、トーマスを止めようと、足を動かす。だが、クロムが一歩動く前に、トーマスの一言がクロムを止めた。

「動くな。このドラゴンを殺すぞ」

 先程までの温厚そうな敬語は、影も形も無い。威圧と怒りで構成された冷酷な声が、場を凍りつかせた。

 クロムからキューまでの距離は約12メートル。近いようで、遠い。クロムが近付くより、トーマスが銃を撃つ方が早いのは明白だった。無闇に近付けない。

「もちろん、本物の銃だ。余計な行動は命取りになると思え」

 ニトラ教のスパイは、淡々と警告した。


              *   *   *


 失態だ。

 俺達がキューから離れた隙に、状況は最悪になった。

 トーマスの銃がキューを狙っている。あの銃はドラゴンの皮膚を貫ける威力があると見ていいだろう。今すぐにでもキューを殺せる状態だ。

 ニトラ教団の目的はドラゴンを殺すことのはずだ。しかし、何故かトーマスはキューを撃たない。

 ということは、キューを人質……いや、竜質にして、何か要求する気なのか。

「クロム隊長。外の連中の拘束、終わりましたよ……って、あれ?」

 カインズが劇場入り口から入ってきて、周りを見渡した。流石に状況を把握したらしい。真面目な顔つきでトーマスを睨んだ。

「トーマス副所長……裏切ったんですか」

 カインズの言葉は、約50メートル先のトーマスにも届いた。

「俺は最初からニトラ教の人間だ。教祖様の右腕の一人だと、自負している」

 中年研究者の正体は、過激派宗教のお偉いさんか。

 トーマスはため息を吐きながら喋り始める。だが、隙や油断は無かった。

「ブラッドドラゴンをわざと逃がし、アイズと戦わせて戦闘データを取ってから学会を奇襲……。もっと上手くいく予定だったんだがな」

「あんたがキューを脱走させたのか」

 俺は思わず聞いていた。

「そうだ。戦闘データを元に対策を練ったが……結果がこれか」

 クロミールを防ぐ鎧。スタンガンを防ぐ絶縁体。毒を防ぐマスクとゴーグル。

 全部こいつが考えた作戦か。監視カメラで俺達の戦闘を見られていたんだな、きっと。

「な、何でニトラ教の人がドラゴンの研究を……?」

 ユリーナが不思議そうに質問した。

 トーマスは律儀に答えた。

「スパイだから当然だろう。本当はドラゴンの顔なんぞ見たくもなかったが、研究のおかげで分かったこともある。この銃なら、ドラゴンでさえも殺せるということだ」

 銃口が、妖しく日光を反射する。トーマスの近くの窓からは、外の明るい景色が見えていた。

「さあ、ニトラ教の同志達を解放しろ。彼らが逮捕される訳にはいかないからな」

「要求は、それか」

「二度は言わんぞ。ドラゴンの頭が吹き飛ばされてもいいのか」

 トーマスの口調には、有無を言わせぬ勢いがあった。

「わたしが毒を投げます。その隙に……」

 ミミが小声で俺に耳打ちした。俺はすぐに否定する。

「駄目だ。毒が回る前に、銃を撃たれる可能性がある。アイツにとってキューの命はどうでもいいはずだ。躊躇わずに撃ってくるぞ」

 たとえキューが脅迫の材料にされていようが、キューの安全が確保された訳ではない。気が変わって、キューの頭を撃ち抜くかもしれない。下手に動けないのだ。

 どの道トーマスはキューを殺すつもりだろうが、今は助けに行くのが難しい。

 カインズのスピードならいけるか? しかし、カインズとトーマスとの距離は50メートル近くある。遠い。一瞬でキューを救出するのは、カインズでも不可能だ。

 何か、トーマスの気を逸らすものがあれば……。


 バリン! という強烈な破壊音。

 トーマス付近の窓ガラスがバラバラに四散し、辺りに勢いよく弾け飛んだ。

 と、同時に。

 トーマスの腕から激しく血が吹き出て、劇場舞台を紅く染める。

「ぐあああああああっ!」

 トーマスは銃を床に落とし、撃たれた右腕を痛々しく押さえた。


 怒濤の急展開。何が起こったのか分からない。だがこの時、トーマスに、完全な隙が生じた。


 「今だ!」と命令することもなく、「隙あり!」と叫ぶこともなく、無言で俺は駆け出した。

 無駄の無い動きで、畳み掛けるような速度で、トーマスに近付いてスタンガンを浴びせる。

 クロム隊の攻撃の要であるスタンガン。信頼と実績に裏付けられた、エリックの改造電流銃。

 今回もその威力を惜しみ無く披露し、トーマスは気絶して倒れた。


              *   *   *


 劇場から1キロメートル以上離れた草むらで。

 ファティオ・ハージは遠距離用狙撃銃を構えながら、地面に寝そべっていた。風がファティオの髪を撫でる。銃口の先をしっかりと敵に向けて、クロム隊のスナイパーはじっと標的を睨んだ。

 ファティオとエリックが学者達を避難させた後、ファティオは双眼鏡(これもエリックの手作り。2キロメートル先だろうが余裕で見れる。)で劇場の窓の向こうを見た。劇場の様子を窺うためだった。すると、トーマスがキューに銃を向けているのが見えるではないか。退っ引きならない事態なのは、口に出すまでもなかった。

「トーマスさん……敵だったんですね」

 こんな非常時に、まさか冗談で銃を向けたりはしないだろう。トーマスが本気でキューを殺す気だと悟ったファティオは、容赦なく自前の銃を取り出した。

 ミミが毒薬を常備しているように、ファティオも銃を常備している。中距離用が二つ、遠距離用が一つ。どれも中央都市製の一級品だ。

 ファティオは狙いを定めて、撃つ。ファティオの弾は1キロメートル先の窓を破壊し、トーマスの腕を貫通した。

「クロム隊長のお役に立っていれば、良いのですが」

 クロム隊の紳士スナイパーは、風の中で微笑んだ。


              *   *   *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ