第28話 「血竜の叫び」
劇場の舞台にて。
ミミとユリーナは、キューを守るために立っていた。キューは立方体の檻の中で、じっと横たわっている。また、その箱形鉄格子は小さな人力車の上に乗せられ、いつでも運び出せるようになっている。人力車の車輪のおかげで、非力なユリーナでも簡単に運搬が可能だ。いざという時は、これでキューを運んで逃げるのだ。
舞台には、研究発表用のポスターや指示棒があった。
キューはユリーナには好意的な視線を送るが、ミミには警戒的な視線を送った。自分を可愛がってくれた女と、自分に毒を投げた女。見る目が違うのも当然だった。
学者達は既に、エリックとファティオの誘導によって、避難を終えている。今、劇場内には2人の人間と1匹のドラゴンしかいない。不気味なぐらいに静かだった。
「敵……来ませんね」
ユリーナが、周りをキョロキョロしながら言った。
さっきの爆発は、敵の襲来を意味する。外の敵はクロムとカインズが相手しているが、ここにも敵が来てもおかしくないはずだった。しかし、来ない。
「もしかして、クロムさんとカインズさんが皆倒しちゃったとか?」
「いや、それは無いです」
ユリーナの甘い推測を否定したのは、ミミだ。
「確かにお二人は強いですが、きっと向こうは陽動。外に注意を向けて、その間にここを狙うはずです」
『派手な襲撃は囮の可能性がある。常に冷静に状況を判断しろ』
クロムの談である。
だからミミは警戒した。奇襲に備え、四方に注意を向けた。両手に毒薬を構えながら。
やや暗い観客席に、4つの人影が現れた。鎧ではなく、黒いコートのような服装の彼女達。全員、中年の女だ。彼女達はキューをじっとりと見つめ、なにかを呟いていた。
敵だ。ハッキリと分かる。
キューは彼女らを見つけた途端、牙を剥いて唸り始めた。
女の内の一人が、大声で叫ぶ。
「粛清! 我々ニトラ教団員は、神に仇なす邪悪なドラゴンに、聖なる天罰を……」
「青の毒!」
教団員が謎の宣言を言い終わる前に、ミミは青の毒が入った試験管を投げた。試験管はコート女達の足元で割れ、青い煙を撒き散らす。
コート女達は煙に気付くと、ガスマスクとゴーグルを取り出して、慣れた手つきで装着した。早い。あっという間だった。
顔面を防護したコート女達は、毒に倒れることなく、その場に立っている。
「毒が……効かない……」
ミミにとって、これは予想外な展開だった。そもそも、ミミがキューの近くで護衛しているのは、ミミが多数の敵と戦うのに適した人材だからである。キューを襲う暴徒が10人だろうが20人だろうが、ミミの青の毒を投げまくれば一網打尽だ。毒の扱いに慣れたミミがいれば、味方に被害を及ぼすことなく、多くの敵をあしらえるはずだった。
しかし、それは敵に毒が効けばの話。ガスマスクとゴーグルで、毒の体内侵入を防がれたのなら、状況は一遍に不利になる。
「……ユリーナさんはブラッドドラゴンを連れて避難を。わたしはコイツらを捕まえます」
「逃がすな!」
ミミがユリーナに指示すると、コート女の一人も濁った声で指示を出す。小柄なコート女が2人、ユリーナの行く先に立った。
「……厄介ですね」
ミミの額から汗が垂れた。
4対2の戦い。ユリーナの戦闘能力は低いから、実質4対1だ。仲間とドラゴンを守りながらの戦闘になる。相手は恐らく武装している。厳しい状況だった。
ミミは策を考えた。エリックとファティオの増援を待つか。あまり期待できない。彼らは学者達の避難を助けているため、今はやや遠くにいるはずだ。すぐにミミの元へ駆けつけることは出来ない。
クロムとカインズも、今は戦闘中だ。終わればミミの元に来てくれるだろう。
結局は待ちの一手だ。
ミミは、今の状況を覆すには、時間稼ぎが最も有効な手段だと判断した。
2人のコート女達が棍棒を取り出して、ミミを襲った。ミミは、ロマン団長とクロム隊長から教わった『アイズ流護身術』を駆使して、攻撃を受け流した。ミミの足払いにより、コート女達が転ける。「ドシン!」と大きな音がした。
幸い、敵は大して強くなかった。だが、油断は出来ない。毒が効かない以上、別の手段で敵を無力化するしかないが、ミミの持つ護身用武具は、毒薬と熊飼のロープのみ。麻痺していない敵を縛るなど、ミミには到底出来なかった。カインズ並の早業で縛れば可能であろうが、ミミには不可能である。
ミミは攻めよりも守りを重視しながら、時間を稼ぐことだけを考えた。
ユリーナの逃げ道を塞いでいたコート女達が、「ドシン!」という音に目を逸らされた。その隙を、ユリーナは見逃さなかった。
「えーい!」
ユリーナの、気迫ある声が劇場に響いた。研究発表に使う指示棒で、ユリーナがコート女2人に殴りかかる。遠慮無く、思いっきり。
「ぐっ!」
「がっ!」
コート女達は醜い声を出して床に倒れた。
クロムとの訓練は無駄ではなかったのだ。ユリーナは『敵を警戒し、観察すること』を学んでいた。未熟ではあるが、隙の突き方を覚えていた。
だが、ユリーナの一撃は敵を気絶させる威力は無く、コート女達はよろよろと立ち上がった。
「おのれ……」
恨みを込めた声を漏らすコート女。
「あわわわわ……」
ユリーナは怯えながらじりじりと後退する。目は泳ぎ、汗が止まらない。
不利な状況は全く変わらなかった。
「早く……誰か来て……」
仲間に頼る自分を情けないと思いつつも、ミミは助けを懇願した。
ミミの思いに共鳴するように、キューが叫びをあげた。
「キュオオオオオオオオオン!」




