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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
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第26話 「学会発表」

 ブラッドドラゴンのキューは無事、第一観察室へ戻された。新品の強化ガラスの部屋に囲まれ、今度こそ脱走をさせないようにされた。俺と戦って以来、キューの様子は大人しい。もう逃げ出さないとは思うが。

 大人しいキューは、ユリーナの言う通り、可愛い。ペットサイズで愛らしい風貌をしている。暴れると厄介極まりないがな。


 キューの怪我についてだが、既に9割方回復しているらしい。俺が付けた切り傷も、すっかり元通りだ。ドラゴンの治癒力は高いと聞いていたが、これ程とは。

 だが、カインズの蹴りの傷がまだ完治できてないそうだ。腹部の内臓は半分潰れ、周辺の骨が粉々。命に別状は無いが、このことに関してはマジマジ所長に激怒された。当然だ。俺はカインズと一緒に謝りに行った。

 聞けば、カインズは全力で蹴ったらしい。感情に任せて冷静さを欠くとは、情けない。しかし、カインズの本気の蹴りを受けて生きているキューはすごいな。カインズの本気蹴りは岩だって砕くんだぞ。


 ファティオは、避難先から戻ってきた研究所の医者に治療されて、今はピンピンしている。制服の下に包帯を巻いているが、しばらくすれば取れるだろう。本人も元気そうでよかった。

「ミミさんがずっと看病してくれたんですよ。感謝です」

 ファティオは後にそう語った。


 キューの命名権をマジマジ所長から頂こうと思い、所長室に赴いた。ドアをノックし、返事を聞いてから入室する。

 パソコンと書類だらけの狭い部屋で、マジマジ所長がソファーに腰かけていた。

 俺は早速本題に入る。

「マジマジ所長。お話があるのですが」

「ブラッドドラゴンの名前の件だろう」

 その情報をどこから仕入れたのかは分からないが、マジマジ所長は話が早かった。流石、と言っておこう。伊達に年は取ってないようだ。マジマジ所長は俺を見ようともせずに、続けた。

「キュー、とか言ったか。別に構わん。自由に呼べ。何なら、正式にあの個体の名前として採用してもいい」

「それは、是非とも」

 よかったなユリーナ。お前が考えた安直な名前が採用されたぞ。


 シャッターによる封鎖は解除され、研究所に日常が戻ってきた。

 と思ったのも束の間。

 警備員が怪しい手紙を発見した。研究所のポストに投函されていたものだという。


『ルクトシン第一バイオ研究所所長 マジマジ・オブズアブへ

  今すぐドラゴンに研究をやめ、学会発表を中止しろ。

   我々はいかなる手段も躊躇わない。

                 全てはニトラ神の名の下に』


 事件は、一歩一歩確実に近付いていた。


 そして、学会発表当日。

 研究所ではキューの脱走以来、トラブルは起こっていない。

 不審者が事件を起こすとしたら、きっと今日だ。

 研究所は今回の騒動を、ニトラ教の仕業と断定。数名の警備員とクロム隊を率いて、発表会場に向かった。もちろん、キューも同席している。

 発表会場は、ルクトシンから約200メートル離れた、ドーム状の小さな劇場だ。この劇場を取り囲むように、いくつかの木製の小屋が建っており、かつては町のような集落だった。ここもご多分に洩れず、人が住んでいない土地だ。今の時代、人が住んでいる土地の方が少ない。理由は言うまでもなく、世界人口が少ないからだ。

 現在では、こうして学者が時たま利用している。老朽化があまり進んでいない建物だから、この劇場は使いやすいのだ。

 草原の上に寂しく佇む、古びた劇場。一昔前では、お目にかかれないであろう光景だ。


 劇場内には、12人の学者が集まっていた。こんな汚い建物にいても、彼らは国を代表する研究者達だ。中央都市の人間も多い。彼らは劇場の観客席に腰かけて、今か今かと待っている。

 100人近く座れるはずの客席エリアの、前側にしか人が座っていない。無価値な空席が切なく見えた。


 学会開始まであとわずか。

 今から発表される内容が、彼らを通して世界に伝わるのだ。

 マジマジ所長達はテキパキと作業を進め、会場を整えた。壇上に上がる所長。隣には、檻の箱に閉じ込められたキュー。背後の壁には、難しい言葉だらけのポスター。準備は万端だ。

 かつては幻想を演じる者が立ったこの舞台。今や科学者が幻想的な現実を語る。

 マジマジ所長の低い声が、暗い会場を包む。

「えー、皆様。大変長らくお待たせしました。ただいまより、ルクトシン第一バイオ研究所による、ドラゴン復活の研究成果の学会発表を始め……」

 そこまで言った時だった。

 突如爆音が轟き、劇場がズシリと揺れた。焦げ臭い煙の匂いが会場に充満していく。

 爆発だ。外で爆発が起きた。誰の仕業かなんて、考える必要もない。

「敵襲!」

 俺の号令により、クロム隊メンバーが、予め決めておいた配置に付く。

 ミミとユリーナはキューの近くに。

 ファティオとエリックはマジマジ所長の近くに。

 俺とカインズは外に出て、次の襲撃に備える。

 誰が狙われているか分からない。慎重な行動が必須だ。


 俺とカインズが会場を出ると、会場の入り口付近に、鎧姿の男が5人立っていた。全員、剣を持っている。

 男達の背後で、爆煙がおどろおどろしく舞っていた。煙は青い空に吸い込まれていく。爆発の炎が草原を燃やす様が、見てとれた。

「我々は神の使い、ニトラ教。悪しきドラゴンに天罰を」

 男達の一人が、そう言った。感情の無い声だった。

 俺はクロミールを構え、カインズは戦闘の構えを取った。

「行くぞカインズ」

「言われなくとも!」

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