第26話 「学会発表」
ブラッドドラゴンのキューは無事、第一観察室へ戻された。新品の強化ガラスの部屋に囲まれ、今度こそ脱走をさせないようにされた。俺と戦って以来、キューの様子は大人しい。もう逃げ出さないとは思うが。
大人しいキューは、ユリーナの言う通り、可愛い。ペットサイズで愛らしい風貌をしている。暴れると厄介極まりないがな。
キューの怪我についてだが、既に9割方回復しているらしい。俺が付けた切り傷も、すっかり元通りだ。ドラゴンの治癒力は高いと聞いていたが、これ程とは。
だが、カインズの蹴りの傷がまだ完治できてないそうだ。腹部の内臓は半分潰れ、周辺の骨が粉々。命に別状は無いが、このことに関してはマジマジ所長に激怒された。当然だ。俺はカインズと一緒に謝りに行った。
聞けば、カインズは全力で蹴ったらしい。感情に任せて冷静さを欠くとは、情けない。しかし、カインズの本気の蹴りを受けて生きているキューはすごいな。カインズの本気蹴りは岩だって砕くんだぞ。
ファティオは、避難先から戻ってきた研究所の医者に治療されて、今はピンピンしている。制服の下に包帯を巻いているが、しばらくすれば取れるだろう。本人も元気そうでよかった。
「ミミさんがずっと看病してくれたんですよ。感謝です」
ファティオは後にそう語った。
キューの命名権をマジマジ所長から頂こうと思い、所長室に赴いた。ドアをノックし、返事を聞いてから入室する。
パソコンと書類だらけの狭い部屋で、マジマジ所長がソファーに腰かけていた。
俺は早速本題に入る。
「マジマジ所長。お話があるのですが」
「ブラッドドラゴンの名前の件だろう」
その情報をどこから仕入れたのかは分からないが、マジマジ所長は話が早かった。流石、と言っておこう。伊達に年は取ってないようだ。マジマジ所長は俺を見ようともせずに、続けた。
「キュー、とか言ったか。別に構わん。自由に呼べ。何なら、正式にあの個体の名前として採用してもいい」
「それは、是非とも」
よかったなユリーナ。お前が考えた安直な名前が採用されたぞ。
シャッターによる封鎖は解除され、研究所に日常が戻ってきた。
と思ったのも束の間。
警備員が怪しい手紙を発見した。研究所のポストに投函されていたものだという。
『ルクトシン第一バイオ研究所所長 マジマジ・オブズアブへ
今すぐドラゴンに研究をやめ、学会発表を中止しろ。
我々はいかなる手段も躊躇わない。
全てはニトラ神の名の下に』
事件は、一歩一歩確実に近付いていた。
そして、学会発表当日。
研究所ではキューの脱走以来、トラブルは起こっていない。
不審者が事件を起こすとしたら、きっと今日だ。
研究所は今回の騒動を、ニトラ教の仕業と断定。数名の警備員とクロム隊を率いて、発表会場に向かった。もちろん、キューも同席している。
発表会場は、ルクトシンから約200メートル離れた、ドーム状の小さな劇場だ。この劇場を取り囲むように、いくつかの木製の小屋が建っており、かつては町のような集落だった。ここもご多分に洩れず、人が住んでいない土地だ。今の時代、人が住んでいる土地の方が少ない。理由は言うまでもなく、世界人口が少ないからだ。
現在では、こうして学者が時たま利用している。老朽化があまり進んでいない建物だから、この劇場は使いやすいのだ。
草原の上に寂しく佇む、古びた劇場。一昔前では、お目にかかれないであろう光景だ。
劇場内には、12人の学者が集まっていた。こんな汚い建物にいても、彼らは国を代表する研究者達だ。中央都市の人間も多い。彼らは劇場の観客席に腰かけて、今か今かと待っている。
100人近く座れるはずの客席エリアの、前側にしか人が座っていない。無価値な空席が切なく見えた。
学会開始まであとわずか。
今から発表される内容が、彼らを通して世界に伝わるのだ。
マジマジ所長達はテキパキと作業を進め、会場を整えた。壇上に上がる所長。隣には、檻の箱に閉じ込められたキュー。背後の壁には、難しい言葉だらけのポスター。準備は万端だ。
かつては幻想を演じる者が立ったこの舞台。今や科学者が幻想的な現実を語る。
マジマジ所長の低い声が、暗い会場を包む。
「えー、皆様。大変長らくお待たせしました。ただいまより、ルクトシン第一バイオ研究所による、ドラゴン復活の研究成果の学会発表を始め……」
そこまで言った時だった。
突如爆音が轟き、劇場がズシリと揺れた。焦げ臭い煙の匂いが会場に充満していく。
爆発だ。外で爆発が起きた。誰の仕業かなんて、考える必要もない。
「敵襲!」
俺の号令により、クロム隊メンバーが、予め決めておいた配置に付く。
ミミとユリーナはキューの近くに。
ファティオとエリックはマジマジ所長の近くに。
俺とカインズは外に出て、次の襲撃に備える。
誰が狙われているか分からない。慎重な行動が必須だ。
俺とカインズが会場を出ると、会場の入り口付近に、鎧姿の男が5人立っていた。全員、剣を持っている。
男達の背後で、爆煙がおどろおどろしく舞っていた。煙は青い空に吸い込まれていく。爆発の炎が草原を燃やす様が、見てとれた。
「我々は神の使い、ニトラ教。悪しきドラゴンに天罰を」
男達の一人が、そう言った。感情の無い声だった。
俺はクロミールを構え、カインズは戦闘の構えを取った。
「行くぞカインズ」
「言われなくとも!」




