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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
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第25話 「クロムVSブラッドドラゴン」

 キャリア・スカーロという鍛冶屋をご存知だろうか。いや、きっと知らないだろう。彼は世界中を旅する風来の鍛冶屋。「知る人ぞ知る」という言葉が相応しい、無名の男だ。

 キャリアが作る武器は、最先端科学と古くから伝わる鍛冶技術の融合作品。見る者をあっと驚かせるような特殊能力が付与された武器だ。

 クロムが所有する、『純潔の一振 クロミール』もその一つ。真っ直ぐで鋭い刀身に秘められた能力は、『血をはじく能力』。

 ただ、それだけ。しかし、決して侮れない性能だ。

 いくら人を斬ろうとも、血が刀に付くことはない。刀身に付着した血は重力に従ってポタポタと落ちていく。まるで水のように。血液によって刀の切れ味が悪くなることはなく、いつだって鋭い一撃が繰り出せる。

 他者の血との交わりを拒む刀。故に、『純潔の一振』。

 クロムの相棒とも言える武器である。


              *   *   *


 ブラッドドラゴンは唸り声を漏らしながら、ゆっくりと俺に近付いていく。

 きっと警戒しているのだ。

 警戒を続けて隙を一切見せない俺を、警戒しているのだ。


 よく見ると、ブラッドドラゴンの尻尾は無かった。初めに見た時はあった尻尾が、今は綺麗に切断されている。綺麗過ぎる切断面だ。もしかしたら、トカゲのように尻尾を切り離したのかもしれない。そういう奥の手があるかもしれないから、警戒しておこう。

 ブラッドドラゴンの体の炎は収まり、消えていった。


 さて、ドラゴンと戦うのは初めてな訳だが、どう対処しようか。マジマジ所長は生け捕りを命じたが、上手くできるのか。自信は無い。だが、多少の怪我は許されているのだ。

「足ぐらい斬っても……いいよな!」

 俺は床を強く踏んで前方へ跳んだ。そのワンステップでブラッドドラゴンに近付く。既に奴は、俺の間合いの中だ。

 ブラッドドラゴンは左前足で俺の顔面を殴ろうとしたが、俺はこれをかわす。右手に持ったクロミールを振り抜き、ブラッドドラゴンの左前足に切り込みを入れた。傷の深さは、約5センチメートル。

「キュウッ!?」

 ブラッドドラゴンが次の行動に移す前に、俺は両方の翼を斬った。浅い切り傷程度だが、飛行に支障を来すはずだ。

「キュキュウ……!」

 ブラッドドラゴンが大きく口を開ける。噛み付くつもりか。

 俺は後ろに跳びながら、ブラッドドラゴンの右前足と左後ろ足を斬った。今度も、切断はしていない。

 俺がやや遠くまで後退しても、ブラッドドラゴンは追ってこなかった。俺を睨みながら、四つの手足で立っている。

 ブラッドドラゴンから血は出てなかった。ただ、傷口に赤い線が出来ていた。トーマスの言う通り、出血してもすぐに血が固まるのだろう。

「クロムさん……」

 ユリーナが心配そうに俺を見つめた。そうだ、ユリーナをここから遠ざけないと。俺の戦闘の巻き添いを食らうかもしれない。

「エリック。ユリーナを連れて、遠くに避難しろ」

「はいはい了解」

 エリックはユリーナの腕を掴んで引っ張った。だが、ユリーナはそれを拒絶して、動こうとしない。

「行くぞ、ユリーナ」

「私もクロムさんと一緒に戦います!」

「馬鹿言うな新人。死ぬぞ」

「クロムさんを一人で戦わせるんですか! ドラゴン相手に!」

「ああ、そうだ。だから邪魔すんな、足手まとい」

 エリックは多少乱暴に見える所作で、ユリーナを向こうへ引っ張った。俺の視界の外へ二人が出たのを確認し、俺は再びクロミールを構えた。


 俺は知っている。

 エリックが俺の実力を信じていることを。

 厳しい言葉とは裏腹に、エリックがユリーナを心配していることを。


「ありがとうエリック」

 おかげで、思う存分本気で戦える。


 俺の足元では、クロミールから滴り落ちたブラッドドラゴンの血液が、水溜まりのような模様を作っている。といっても、斬撃時に付いた血なので、少量だ。

 俺はクロミールを横に振った。クロミールの刀身に残っていた血が、水しぶきのように飛んでいく。飛び散った血の散弾がブラッドドラゴンの両目に被弾し、数秒の目潰し効果を生んだ。ブラッドドラゴンは目を瞑り、眉間にシワを寄せた。

 クロミールにはこういう使い方もあるのだ。

 その隙を逃さず、俺はブラッドドラゴンに接近して、背中を斬った。続けざまに、右前足をもう一度斬る。

 こうして小さな傷を増やしていけば、確実に弱まるはず。その後、熊飼のロープで縛る作戦だ。


 俺とブラッドドラゴンが鉢合わせた時、ブラッドドラゴンの体は炎に包まれていた。その様子から察するに、口から出す炎でロープを焼いたのだろう。口も縛らなければ。それも、厳重に。少しでも口元に隙間を与えない程に。


 ブラッドドラゴンの爪が勢いよく迫る。狙うは、俺の足か。俺はジャンプしてかわし、天井を腕で押した。押す力の反動で、俺の体は下方向に加速する。その慣性を使ってブラッドドラゴンの肩を蹴った。ブラッドドラゴンは後退し、体勢を整える。


 ブラッドドラゴンの口が開いた。また噛み付くのか? いや、違う。これは……。

「炎か」

 俺はブラッドドラゴンの右横に退避した。そのすぐ後、ブラッドドラゴンの口から激しい炎が吹き荒れる。それは形容するなら、火の柱、といったところか。大して太くないから、火の棒でもいいかもしれない。半径3センチメートルくらいだった。


 炎を吹いているときは特に隙が多いな。俺はブラッドドラゴンの横腹を蹴飛ばした。

「キュウウウン!」

 ブラッドドラゴンは床に倒れると、急に大人しくなった。

 俺を油断させる罠か?

 ブラッドドラゴンは弱々しく立ち上がると、四つん這いになって顔を上げ、喉を見せつけた。

「キュウン……キュウン……」

 ブラッドドラゴンが声を出す度に、喉が小さく揺れる。

 な、何だこのポーズは。何かの予備動作か?

「キュウウウ……」

 随分弱そうで苦しそうな声だった。許しを請うような、恐怖を訴えるような、そんな響きがある。

 人間でもこのような雰囲気を出す時がある。主に、弱者が強者に媚びる時だ。

 そうか。つまり。これは。

「服従のポーズか」

 頭を反らせているため、威張っているようにも見えるが。


「わあああ! かわいいー!」

 甘ったるい声の発生源に顔を向けると、そこにはユリーナが立っていた。エリックから抜け出して来たのか。

「ユリーナ! 避難してろって言っただろ」

「え? もうクロムさんが解決したんですよね?」

 そう見えるか。

 じっとして首をさらけ出すブラッドドラゴンと、それを見下ろす俺。

 確かにブラッドドラゴンの捕獲に成功したと見えてもおかしくない。

「私、クロムさんを信じてました。ぱぱっと事件を解決しちゃうって」

 嘘つけ。お前、俺が勝てないと思ってただろ。

 心配の気持ちは嬉しいんだがな。

「いつ暴れだすか分からん。だから離れろ」

 俺は警戒を緩めずに言った。

「大丈夫ですよ。この子、もう暴れませんって言ってます」

 何だと?

「お前、ドラゴンの言語が分かるのか!?」

 ドラゴンの言語については、何年も研究されている。ユリーナがドラゴンと会話できるなら、とんでもない功績だ。世界的大発見だ。

「いえ、分かりません」

 世界的大発見は泡沫のように弾けた。

「でも、何となく分かるんです。この子の気持ち」

 無根拠な妄論だ。でも、何故だか正しく思える。

 実際、ユリーナがブラッドドラゴンの頭を撫でると、ブラッドドラゴンは気持ちよさげに目を細めた。暴れだす気配は無い。

「えへへへ……。かわいいですー」

 ユリーナは無遠慮に、ブラッドドラゴンの顔に頬を擦り寄せた。そのまま首に手を回し、抱き付く。弾けるような笑顔と共に。

 それでもブラッドドラゴンは動かない。

「そうだ! 君に、名前付けてあげるね! うーん……じゃあ、キュウンって鳴くからキュー! 今日から君はキュー!」

 鳴き声で名付けるとか安直すぎないか。いや、それ以前に……。

「お前が勝手に名付けていいのか?」

「いいんじゃないですか? 多分」

 テキトーだな。後でマジマジ所長に許可取っておこう。

 それよりも、先にやるべきことがある。

「第一観察室に連れて行くぞ」


 俺とユリーナは、ブラッドドラゴンのキューを第一観察室に連れて行った。

 取りあえずは、一件落着だ。

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