第24話 「純潔の一振 クロミール」
「アイズの皆様! ご苦労様であります!」
警備員が3人、第三観察室に入ってきた。彼らは縛られているブラッドドラゴンを見ると、駆け寄って持ち上げた。
「では、後は我々にお任せを」
警備員は力を合わせてブラッドドラゴンをえっさほいさと運ぶ。このまま第一観察室に連れて行けば、一件落着だ。
カインズは警備員達を見送った後、治療室へ向かった。
治療室の中は、他の部屋同様に機械的で殺風景だ。部屋の隅のベッドで横たわるファティオを、ミミが心配そうに見つめていた。本来この部屋にいるはずの医者がいない。避難したからだ。本格的な治療は、まだ受けられそうにない。
「副隊長の具合はどう?」
カインズがミミに声をかける。ミミは落ち着いた様子で答えた。
「大丈夫そうです。血は止まりましたし、命に別状は無いでしょう」
カインズは胸を撫で下ろした。
あの時、ボクがドラゴンを止めていれば。
尻尾じゃなく、本体を狙って蹴っていれば。
ファティオ副隊長は大怪我をせずに済んだはずなんだ。
カインズは少なからず責任を感じていた。自分の無力さが、この結果を引き起こしたのだと。
誰もカインズを責めたりはしない。だが、カインズ自身は違った。
カインズは自分に厳しかった。ずば抜けた才能を持ちながら、失敗をしてしまう自分が嫌いだった。
家出してから度々感じてきた無力感。
それに加えて、ハルバートの名を背負っているという責任感。
カインズはまた一つ、自分への戒めを増やした。
「また自分を責めてるんですか?」
カインズの心を見透かしたように、ミミが言う。
カインズは驚いて、ミミの顔を見た。
「カインズ先輩もファティオ副隊長も、自分に厳しくて人に優しくて、見ててイライラします」
ミミの辛辣な一言に、カインズは「ハハハ……」と苦笑するしかない。
「でも……嫌いじゃないです」
ミミは小さく呟いた。優しい声だった。
ミミは微笑みながら、ファティオの手をそっと掴んだ。
* * *
俺が第一観察室を離れてから5分後。
俺とユリーナは、エリックと合流した。エリックは西側エリアの倉庫でうろちょろしてた時に、館内放送を聞いたらしい。
そして、今。
俺達は廊下のシャッター前にいる。
エリックは、シャッター付近のコンセントの穴と、自前のパソコンを、細長いコードで繋いだ。そして、パソコンのキーボードをカタカタと打っている。
「何をしてるんだ?」
「まあまあ見てろって。クロムとユリーナに、俺の天才的パフォーマンスを披露してやっから」
エリックのパソコンの画面に、映像が映った。ロープで束縛されたブラッドドラゴンが、警備員達に運ばれる様子が鮮明に映し出されている。カインズが立っているのも見えた。
「研究所のコンピューターにハッキングして、監視カメラの映像を盗んだ。どうやら、カインズ達がやってくれたみたいだな」
さも簡単なことのように語るエリック。
ハッキングのやり方なんて知らないが、高度な技術なのは分かる。
クロム隊の工場長は、ハッカーでもあったのだ。
「ファティオ副隊長が怪我してんな。お見舞いに行こうぜ」
パソコン画面には、ベッドに倒れるファティオと、そばに座るミミの姿も映っていた。見たところ、治療室の映像か。ファティオの肩は赤く染まっていた。
ファティオ……大丈夫だろうか。
エリックはキーボードを素早くタイピングする。しばらくして、目の前のシャッターが機械音を出して上昇した。エリックはシャッターの先を親指で差す。
「道は開けてやったぜ」
この男は機械関係の仕事をしている時だけかっこいいな。折角エリックが開いた道だ。ありがたく通らせてもらおう。ファティオが心配だからな。
「ありがとう、エリック」
俺とユリーナは、治療室を目指して、東側エリアに足を踏み入れた。
「キュオオオオオオオオン!」
甲高い絶叫が研究所内に響いた。明らかに人間の声ではなかった。
その後、鈍い声が聞こえた。
「うわあっ!」
「がはっ!」
「ぐげっ!」
明らかに人間の声だった。
すぐさま、焦燥を伴った叫びが聞こえた。
「ドラゴンが逃げたぞ! 追え!」
先ほど縛られていたドラゴンが、ロープを破って逃げ出したのか。
パチパチと、何かが弾けるような音がする。炎が燃える音だ。何度も聞いたことがある。
トーマスが、「ブラッドドラゴンは火を吐ける」と言っていたのを思い出した。
俺が腰の刀に手を触れると、曲がり角から、低空飛行するブラッドドラゴンが飛び出してきた。
炎を体に纏った、赤い竜。
前方15メートル先から、ドラゴンが俺に向かって突撃してくる。
……仕方ない。
俺は深呼吸して、刀を抜いた。
「力を貸してもらうぞ。クロミール」
俺はクロミールを構え、切っ先をブラッドドラゴンに向けた。
ブラッドドラゴンは危機を察したのか、急に飛行をやめて、停止する。
伝説の生き物は本能的に理解したのだ。
この刀……『純潔の一振 クロミール』が内包する殺気を。
* * *




