第22話 「カインズVSブラッドドラゴン」
ブラッドドラゴンの脱走が伝えられた時。
カインズ・ハルバートは研究所東側エリアを巡回していた。
非常事態に困惑を隠せない研究員達が、バタバタと館内を走り回る。そんな中、カインズは至極冷静に状況を整理していた。
もし、ドラゴンが暴れて人を襲ったら、死者が出てもおかしくない。
ドラゴンをいち早く見つけなくては。
カインズの行動は早かった。速かったと言ってもいい。館内放送でドラゴンの居場所が告げられるより前に、カインズは第三観察室にたどり着いていた。
何故素早くドラゴンを発見できたのか。単純な話だ。カインズは足が速い。だからドラゴンを探して研究所内を回る時間も短くて済む。ただそれだけの話。
第三観察室は、生物が躍動的な動きをするのを観察する部屋である。鷹が獲物を捕らえる様子や、狼が殺し会うのを見る時などに使われる。そのため、第一観察室の6倍近い大きさがある。
平民の家が4つ、すっぽり入る程の体積の直方体の空間に、強化ガラスと金属で出来た壁。余計な物が一切置かれていない、平坦で硬い床。実験用動物は、この殺風景な大部屋に入れられて、生態を観察される。
観察用空間の隣に位置するコンピュータールームでは、観察、記録、シミュレーションなどが行える。
簡単に言えば、第三観察室は第一観察室の拡大版だ。
広いが故に、ブラッドドラゴンが本気で暴れられる。
カインズは第三観察室に入った時、ブラッドドラゴンは第三観察室の観察空間で、四つん這いになって羽を広げていた。ブラッドドラゴンはカインズに気づくと、視線をぶつけて牙を剥いた。
クルルルル……と、少し高い音で唸るブラッドドラゴン。カインズはその様子に気圧されながらも、戦闘体勢をとった。
「暴れないで欲しいな……」
カインズの腰元には、護身用武具入りの小袋が携えてある。中身は麻酔針、スタンガン、縄、手錠などだ。どれも人間相手の戦闘を想定した武器。ドラゴンに通用する保証は無い。しかも当然ながら、カインズにドラゴンとの戦闘経験は無い。
だが、逃げる訳にはいかなかった。
先に仕掛けたのはカインズだ。カインズは自慢の脚で一気に踏み込み、猛スピードでブラッドドラゴンに近付いた。カインズの右手にはスタンガン。直撃すれば、ブラッドドラゴンは大人しくなるかもしれない。
だがブラッドドラゴンは、翼を広げて宙に上がった。ふわり、と言うより、ブワリという擬音が相応しい。迅速に、無駄の無い動きで、約2メートル上昇した。
ブラッドドラゴンはカインズの頭を目掛けて足を降り下ろした。ブラッドドラゴンの強靭な爪が、カインズの顔面を顔面に接近する。
カインズは自身を切り裂かんとする爪の動きをしっかりと目視して、軌道を予測する。そして体全体に急ブレーキをかけ、大きく左に跳んだ。ブラッドドラゴンの爪は虚しく空を切り、体の重心は前方に寄った。
ここだ。
決定的な隙を見つけた。
カインズは地面を蹴り、ドラゴンのいる右側に跳んだ。姿勢を整えながら、スタンガンを構える。空中でバランスを取ることに集中していたブラッドドラゴンは、カインズの超人的かつアクロバチックな体捌きに対応しきれなかった。
カインズのスタンガンが、ブラッドドラゴンの脇腹に触れた。
「キャオオオオォォォォン!」
観察室に響き渡る悲鳴。
ブラッドドラゴンの翼の動きが止まり、そのまま床に落下……しなかった。
ブラッドドラゴンは再び翼を羽ばたかせ、今度は10メートル近く飛び上がる。
「効いてないのかな? 流石だね」
一瞬、勝負は付いたと思ったカインズだったが、それはただの油断だった。伝説上の生き物は、この程度では倒れない。電撃は、多少のダメージを与えるだけに留まった。
「カインズ先輩!」
第三観察室に着いたミミが、カインズに声をかけた。ミミはカインズとドラゴンを見て、状況を確認する。
ミミは腰のポーチを開いた。中の衝撃緩衝発泡スチロールから、3本の試験管を取り出す。試験管内にはそれぞれ、赤、青、ピンクの液体が入っていた。
「カインズ先輩。サポートお願いします」




