第15話 「ロマノ団長がやって来る」
新しい朝が来た。
昨日と同じように、ユリーナと二人で朝食を摂る。
重要なことを言い忘れていたことに気づき、質問を繰り出した。
「ユリーナ。お前、今の職業は何だ」
「えっ?」
ユリーナは不思議そうに首を傾げた。そして、当然とばかりに答える。
「アイズの隊員に決まってるじゃないですか」
ああ、やっぱり勘違いしている。
「アイズの仕事に給料は出ない。ボランティアだからな。つまり、収入源となる本職が必要な訳だが……」
ユリーナは表情を固めた。ユリーナの手からフォークが落ちる。
「ええええ!? お給料出ないんですか!? じゃあ私、無職!?」
ユリーナは驚きの顔を見せて、わなわなと震えた。
「エリックは工場長。カインズはピエロ。ミミは農家。俺はこのアジトの管理人。それぞれ生計を立てている。お前は会ったことないが、副隊長のファティオは作家だ。お前も何か職を探した方がいい」
ついこの間まで、ユリーナは私立娼館の娼婦だったが、(結局、仕事をする前に俺たちが救出したが。)今は無職か。仕事を斡旋してやるべきだろうか。
ユリーナは狼狽えて「あわわわ……」とか言っている。
「ユリーナ。お前、蜜の楽園に拉致される前の仕事は?」
「山菜採りですね。薬草とかキノコとかも採ってました」
ユリーナの故郷は、チェルド大陸の西にある小さな村だ。あの辺りでは山菜がよく採れるが、この街の近くではほとんど採れない。ラトニアの街で山菜採りとして生きていくのは不可能だ。薬草やキノコも然り。
うーん。ユリーナに向いた職業は無いものか。
「とりあえず、しばらくは俺の手伝いをしてくれ」
「は、はい!」
団長に頼んで、ユリーナの分の給料も出してもらおう。
いつか、ユリーナの天職が見つかるまで。
朝食を終え、俺とユリーナは訓練場に赴いた。戦闘訓練の時間だ。
「ユリーナ。お前は昨日、俺にパンチ一つ当てられなかった。就寝中を襲ったにも関わらずだ。何故だと思う?」
ユリーナは数秒唸って、返答した。
「クロムさんが強いからです!」
「不正解。俺はそんなに強くない。力は弱いし、カインズ並のスピードは無いし、かと言って色仕掛けが出来る訳でもない」
俺は男子用アイズ制服に覆われた、自分の平たい胸を触った。
「でも一つだけ、俺は他より優れた強さを持っている。それは言うなれば、警戒力だ」
「警戒力……」
ユリーナが、納得したようなしてないような微妙な表情を浮かべた。
「今は、少しでも多くの人口増加が望まれる時代だ。生殖能力のある女は、色んな奴から狙われる。だからアイズの団長は、非力な女性でも使える護身術を編み出した。だがその護身術は、常日頃から周りを警戒することが前提になっている」
「つまり、もっと警戒しろってことですか? 私にもできるでしょうか?」
「出来る。訓練次第で、寝込みを襲う変態に反撃も可能だ」
人のベッドの匂いを嗅ぎながら悶える変態とかな。
「音に警戒すれば背後からの攻撃にも対処できるし、相手の動きや姿勢を警戒して観察すれば、隙を突くことも容易だ。逆に、自分には隙が無くなる」
ユリーナは今度こそ納得した様子で頷いた。
「今日は俺がお前に襲いかかる。手加減するが、テキトーにはやらない。本気で軽い攻撃を当てるから、警戒して身構えろ」
「一日中、ですか」
「一日中、だ」
そう言いながら俺はユリーナに足払いを仕掛けた。
ユリーナは見事にすっ転んだ。
今日の結果発表をしよう。
ユリーナは、俺の24回の足払いと19回のチョップと22回のデコピンを全て食らった。昔、カインズにも同じ訓練をしたが、奴は半分以上の攻撃を防いだというのに。いや、カインズと比べるのは酷か。
ともかく、特訓が必要だな。何度転ばされても弱音を吐かないあたり、精神は強いようだ。感情の起伏が激しいと聞いたから、すぐ泣き出すかと思ったが、案外やるじゃないか。
デコピンを食らう度に恥ずかしそうに喜んでたのは不思議だが。
リリリリン、と音が鳴った。アジトの電話の音だ。ちなみに、エリックの手作りの電話だ。俺は受話器を取った。
「もしもし」
『あ。クロムちゃんですね。入団希望者の情報、届きましたよー。いい子そうですね。合格です。入団を認めまーす』
聞き覚えのある軽い声。私的国際自警団アイズの団長……ロマノ・アイズ・フィミリスの声だ。
「ロマノか。用件はそれだけか?」
『敬称を付けなさーい。……じゃなくて、実は大事な話があってね。直接会って話したいから、君の所に向かってるんだ』
「いや、いい。帰れ」
「じゃじゃーん! もう来てましたー!」
それは電話越しの声ではなかった。ドアを思いっきり開ける音と共に、生の声が、数メートル後ろから聞こえた。
振り返ると、玄関にその女がいた。携帯用電話機と、継ぎ接ぎだらけの豚の縫いぐるみを抱きしめた、ワンピース姿の女。
「はいはーい。ロマノ団長が来ましたよー。早くお出迎えして下さーい」
ロマノは、にこやかに立っていた。