第10話 「お前の愛に答えることはできない」
娼館の職員3人は、縄で縛られた状態で、エリックの運転していた車に乗せられた。カインズが運転席に座り、エンジンをかける。
「ボクが警察に連れて行きますよ」
そう言ってカインズは車を発進させた。証拠の資料は、あいつに渡してある。任せておいて大丈夫だろう。
5人の娼婦たちは、それぞれの故郷に帰るそうだ。アイズ本部から誰か派遣して、見送りさせようかと提案したが、丁寧に断られた。これ以上お世話になるわけにはいかない、とのことだ。
ネーミリカは子供たちの墓参りのために、例の育児施設がある都市へ向かうという。
「いつまでも悲しんでたら、天国の子供たちが安心できないわ」
ネーミリカはぎこちない笑顔で、そう言った。悲しみを表に出さないようにしているのは明らかだった。
それは気持ちの切り替えかもしれないし、決意の表れかもしれない。
強き母親の姿が、そこにはあった。
「さて、俺たちはアジトに帰るか」
俺とエリックが帰路につこうとすると、ユリーナが呼び止めた。
「あのっ、ちょっと待って下さい!」
「ん? どうした?」
ユリーナはもじもじとしながら赤面していた。
「お、お礼が言いたくて……ありがとうございました! 助けて頂いて……本当に嬉しくて……。あの、お名前は何て言うんですか?」
「俺の名はエリック・ドール。エリックと呼んでくれ!」
「あっ……、あなたではなくて、こちらの黒髪の方です……」
ユリーナは恥ずかしそうに訂正した。エリックも同じくらい恥ずかしそうにしながら、「あ、悪い悪い……」と小声で呟いた。
俺はエリックを横目で見ながら、自己紹介をした。
「俺はクロム。名字は無い。名字という文化の無い地域で生まれたからな。アイズの実働部隊の『クロム隊』の隊長だ。よろしく」
俺が右手を差し出すと、ユリーナは強く握った。
「クロムさん! 好きです! 一目惚れです! 私の恋人になって下さい!」
ユリーナは俺を強く見つめて告白した。
その求愛行動で衝撃を受けたのは、俺ではなくエリックだった。
「えええええええええええ!?」
「うるさい」
俺は喚き出したエリックの脇腹にチョップを一撃。エリックは「うぐっ」という汚い声と共にうるさい口を閉じた。
ユリーナは顔を真っ赤にして、俺を上目遣いで見つめている。俺の返事を待っているのだろう。答えは一つだ。
「すまないが、お前の愛に答えることはできない」
「どうしてですか……」
ユリーナは悲しそうに俺を見る。
断る理由は単純だ。
「俺が……女だからだ」
「ええっ!?」
ユリーナは俺の凹凸のない胸に顔をうずめ、すりすりと顔を上下させた。その動きを拒むような出っ張りは、まったく無い。
「ほら! やっぱり男じゃないですか!」
「世の中には自己主張の少ない胸を持つ女性だっているんだぜ。クロムもその一人だ」
エリックは諭すようにユリーナに語りかけた。
ユリーナのような勘違いをする人には、今までにも何人か会った。俺は所謂、中性的な顔をしているし、声も低いし、いつも男装してるからな。今だって男子用制服を着ている。男に見えても仕方がない。
「女性なのに、一人称が『俺』なんですか……?」
「やっぱり変か? 俺は昔から自分のことを『俺』と呼んでいるが」
女性の基本的な一人称が『私』とか『あたし』とかなのだと知ったのは、俺が故郷を旅立った頃である。俺にとっての『一人称』とは、『俺』なのであった。
「いえ、そんなことないですよ!」
ユリーナはあっけにとられていたようだが、すぐに俺の手を両手で握った。
「女性でも構いません! クロムさん! 好きです!」
これは予想外の反応だった。
エリックはまた衝撃を受けたようで、大声をあげた。
「いや、ダメだろ! 女同士なんて……」
「うるさい」
俺は喚き出したエリックの脇腹に拳を一撃。エリックは「うごっ」という気持ち悪い声と共にやかましい口を閉じた。
さて、どうやってこの娘の告白を断ろうか。……そうだ、これでいこう。
「俺たちはアイズの仕事があるから、お前と一緒にいることはできない。だから……」
「じゃあ私もアイズに入団します! それならクロムさんと一緒にいてもいいですよね!」
そうきたか。
だが愛の告白はともかく、入団希望を断る理由は無い。アイズはいつも人手不足なのだ。
「分かった。お前は今日からクロム隊のメンバーだ」
「やったあ! では、クロムさんの家に寝泊まりさせてもらっていいですか?」
「お前、自分の家は無いのか?」
「それが、今朝、借金の担保として没収されちゃいまして。今日の宿代を稼ごうと薬草採りをしてたときに娼館に誘拐されました」
「家族はどうした」
「今はいませんよ。一人暮らしでした」
つまり、帰るべき所が無い、ということか……。話を聞くに、民営の宿を借りる金も無いだろう。
「仕方ない。アイズのアジトに住め。あそこは宿泊施設としての機能もあるからな」
アイズは困ってる人の味方だ。家の無い新人に、住む場所くらい提供してやらないとな。
しかしながら、ユリーナは不満げな様子。
「えーっ。クロムさんの家には泊めてもらえないんですかー」
俺の家に転がり込みたいらしい。押し掛けなんとかってやつか。
「言っておくが、俺も家は無いぞ。アジトが家みたいなもんだ。俺はあそこの管理人でもあるしな。まあ、住みたくないというなら、無理には……」
そう補足説明すると、俺が言い終わる前にユリーナは即答した。
「分かりました! アジトに住みます! クロムさんと同棲します!」
……せめて同居と言え、同居と。
ともかく、こうして元気な女の子が俺の隊に入ったのだった。
「カインズ・ハルバート。ただいま戻りました!」
約20分後、カインズが敬礼をしながら歩いてやって来た。
ん? 『歩いてやって来た』? 車じゃなく?
「カインズ、お前、車はどうした」
「警察署に置いておきました。だって走って戻ったほうが早いんですもん」
カインズはあっさりと言う。まぁ、それもそうか。
俺は話題を変え、カインズに新しい仲間を紹介した。
「こいつはユリーナ。俺の隊に入ることになった」
「ユリーナ・アイルスです! よろしくお願いします!」
自己紹介し終えるや否や、ユリーナは弾けるような笑顔で俺の腕に抱きつくのであった。
* * *