第995話 「生き残れた理由」
「この体は、頭さえあれば生きていられるのさ。心臓とか肺とか声帯とか……諸々の機能は、頭部だけで補完出来る。だから首を切られても即死はしないけど、あくまで延命のための緊急措置だ。成功する確率は低いし、本来の性能より劣化するし、再生能力も消えるし、何より動けないのが大きい。誰かに介護してもらって、こうやって栄養液の中でエネルギーと酸素を補給しなきゃ数日で死んじゃうのさ。本当に追い詰められた時だけに使う、最終手段だね」
つまり、キングクウォンテスの竜人は頭だけで生物として完結するという訳か。突拍子もない話だが、チートウェルの能力を知った後だと、まぁそういう事もあるかと思えてしまう。蜥蜴のしっぽ切りならぬ、竜人の首切り? 首から下を『必要な犠牲』と割り切れるのはルナロードならではだ。
「良かったね、クロムちゃん。君の必死の健闘は無駄じゃなかった。私は完全に無力化され、一生生首のままさ。水槽の中でじっとしてるだけの人畜無害なマスコットだよ」
いやマスコット扱いは無理があるだろ。喋る生首とか、なかなかの恐怖だぞ。子供が見たら泣き喚くわ。
「それより、今『介護』って言ったな? さっきから気になってたんだが、俺達をここに運んだのは誰だ? お前、動けなかったんだろ?」
首を刎ねられ、『最後の切り札』でギリギリ生き延びたルナロードでは、俺を研究室まで運ぶなんて不可能だ。ここがどこに建っている施設なのかは知らないが、仮に集落の側にあったとしても、頭だけのルナロードでは移動すらままならない。第三者が運んできたとしか考えられない。アレイシアか? いや、彼女は死んだ。では一体誰が。
「某でござるよ」
タイミングを図ったかのように、ドアが開いてヤマトが顔を見せた。薄暗い研究室に、忠実なるルナロードの従者は参上する。
「ルナロード殿のご命令でござった。クロム殿を呼んだなら一晩待機の後、例の集落に集えと。てっきり某は、ルナロード殿が勝利なさっていると思っていたでござるが」
「期待に添えなくてごめんね、ヤマト君。私としても予想外だったんだ。まさか相打ちに……いや、あれはクロムちゃんの勝ちだ。君は全ての目的を達成して、その上生きているんだから。完膚なきまでに君の勝利だよ」
ルナロードは賞賛の言葉を述べる。そんな台詞を貰えるなんて思わず、何だかこそばゆかった。
「なれば某も共に戦いたかったでござる。主をお守り出来ぬとは……このヤマト、一生の不覚! ルナロード殿の命令さえあれば、いつでも腹を切る所存でござる!」
「やめてよ。君にはまだ仕事がある。言ったよね?」
ルナロードが止めると、ヤマトはすぐに冷静さを取り戻したようだった。主人がどんな姿になろうと、ヤマトは忠義の剣士だった。
俺の体とルナロードの首を運んだのはヤマトだった。おかげで助かったのだから、礼を言わねばなるまい。
「左様でござったな。某の命はルナロード殿のため。そしてこれからは……」
ヤマトは俺のいる水槽の前に立った。腰を低く落とし、腰元に差した刀に触れる。居合の構えだ。
俺を斬る気か。しかしそれにしては、殺気が感じられない。彼の目が捉えているのは、俺ではなくその前の。
「これからは、クロム殿のために」
ヤマトは刀を抜いた。いつ抜いたのか見えない程、凄まじく速い太刀筋だった。ヤマトの刀『ヤマタイオウ』は、俺を囲んでいた水槽をバラバラに切断した。ほんの一瞬、意識を向ける間も無く、ガラスは形を崩し中身の栄養液が溢れ出す。その勢いに押されて、俺も水槽から解放された。
「治療のためにそこに入れておいたけど、もう君は完治した。君は自由だよ、クロムちゃん。どこに行ったっていい。何をしたっていい。手助けが欲しいのなら、そこのヤマト君を連れて行くといいさ。彼にはこれから、私ではなくクロムちゃんを守るようお願いしてある」
ルナロードは俺を捕らえる気など無かった。敵であった俺を救った上に、自由の身にした。さらには部下を護衛として付けると言う。あまりの献身ぶりに、俺は警戒せざるを得なかった。一体、何が狙いなのか。
「ルナロード殿の最後の命令、某の忠義にかけて必ず遂行してみせるでござる」
ヤマトは刀を収め、俺に跪いた。彼の言動に嘘は感じられない。本気で、俺の従者になるつもりなのだ。話が都合良すぎて、逆に怪しい。
「お前らの目的は何だ? 俺に、何をして欲しい」
婉曲的な探りを入れても、ルナロード相手には通用しないだろう。ここは素直に尋ねてみるしかない。
ルナロードがはぐらかすんじゃないかと思った。しかし意外にも、ルナロードも正直に答えた。
「さっきも言ったよね? クロムちゃんには、私の代わりになって欲しいんだ」




