第992話 「さようなら、クロム」
ルナロードは何も言わない。動きを止めた生首が俺にそっぽを向いている。傷口はうねり、再生しようと奮闘している。だが、心臓も肺も失った頭部だけで生命を維持するなど出来まい。
静寂が場を支配した。高揚する俺の鼓動だけが耳を打つ。勝った。俺は勝ったのだ。ルナロードという世界最大の災害に、終止符を打った。断たれた腹部がジンジンと熱く痛むが、それでもいいと満足する程だった。
見ているか、ロマノ。俺はやったぞ。成し遂げたんだ。だから俺が死んでも、それは決して無駄にはならない。
またいつもみたいに褒めてくれよ。俺、頑張ったんだ。アイズの隊員として、きっと多くの人を救えた。俺達の日々は報われたんだ。
もう十分だ。そろそろ楽になってもいいか? 俺の罪は償われたか? ザックの命を奪った罪は、赦されたのか?
次第に痛みが薄れていく。治った訳もなく、感覚を伝える力すら消えているだけだ。逃れられない死を実感する。だけど絶望はしなかった。ルナロードを救ったと同時に、一番救われたのは俺だった。ずっと望み続けてきた、『誰かを救える強さ』を手に入れた気がしたから。
あぁ、前が見えなくなっていく。何も聞こえない。指一本動かす力も出ない。ひたすらに眠かった。
誰にも見届けられない、孤独な死だ。欲を言えば、誰かの腕の中で永遠に眠りたかった。俺の最期を知る者はおらず、俺はいつの間にか世界から消えるのだろう。そして世界は、普段通りに回る。当たり前のように続く平和な日々。俺が守りたかったもの。
だから後悔は無い。これ以上ないハッピーエンドじゃないか。こんな満ち足りた気持ちで終わりを迎えられるのなら。
さようなら。
ユリーナ。エリック。ファティオ。カインズ。ミミ。
クロム隊でいてくれてありがとう。俺と一緒に戦ってくれてありがとう。これからのアイズの役目はお前達に任せる事になるな。大変だけど、俺の分も頑張ってくれ。お前達なら出来るって、知ってるからな。俺は一足先にお休みだ。
意識が遠のく。やがて、俺という人間は幕を閉じた。
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