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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第986話 「ルナロードの急所」

お待たせしました。連載再開です。

 曖昧だった一瞬一秒が、次第に輪郭を整えつつある。反射的に追いかけていたルナロードの姿も、思考で追いつけるようになってきた。ルナロードの言葉を借りるなら『予想通り』だ。元々、相手の言動を観察して次の動きを予測するのは得意だった。知ったかぶりの未来予測なら、あいつだけの専売特許じゃない。

 警戒し、観察し、予想するのが俺の戦い方だ。相手が誰であろうと。きっとこの戦いは、より警戒を強めた方が勝つ。

「あはっ。あははっ。ははははははっ!」

 至近距離で攻防を持続しつつ、ルナロードはタガが外れたみたいに笑う。だんだんと不利になっているのは自覚しているはずだ。それでも笑う。何故かは分かる。彼女はもう、失望していない。

 遥か彼方にいたはずの強敵は、手の届く位置にいる。意味不明だったお前が、今や同じ心を共有しているかのようだ。お前が俺を見ていたのと同様に、俺もお前を見ているぞ。目の前まで近付いているぞ。すぐに後悔させてやる。興味本位でわざわざ手の内を晒した失態を。

「そこだ」

 隙のタイミングが明白に見えてくるようになってきた。ルナロードの拳を躱しつつ、奴の腹を裂く。反撃されないよう移動しつつ斬りかかる。俺の斬撃は致命傷にはならないが、少しずつ傷を与える事で一つ気付けた。

 四肢や胴を狙っても反応が消極的なルナロードが、首元に刃を向けられた時だけ全力で防御している。その差異に、本人すら自覚していないかもしれない。理論や理屈では語れない、本能的な生存本能。隠しようもない本心が、ルナロードの動作から表れていた。

 間違いない。ルナロードの急所は首だ。


 当たり前と言えば当たり前だ。人間だって首を刎ねられれば死ぬ。竜人も同じなのだ。この前ブラディエゴが首を斬られても生きていたから、感覚が麻痺していた。

 勝機が目に見えた。しかし、現実に移せるかは別になる。俺が露骨に首を狙い始めたら、ルナロードも対応を練るだろう。ルナロードの警戒心を高めてはいけない。少しでも油断を誘わないといけない。そういった意味では、戦いは身体の動きや戦闘技術だけで決まるものではない。さりげない『釣り』や『ブラフ』を通せるか。心理戦も立派な戦術の一つだ。

「ねぇ、楽しい? クロムちゃん。私と同じ気持ちを君にも共有して欲しくってさぁ!」

 ルナロードは血で白衣を汚しながら語りかける。話術を先に仕掛けてきたのは向こうだった。いいだろう。そのつもりなら、乗ってやる。

「楽しいと言えば、そうだな。お前の余裕が崩れるのを見るのが楽しみでしょうがない」

 攻防を続けつつ会話も繰り広げる。剣先に込める集中は、少しも揺らぐ気は無い。

「崩れないよ。だって最高だからさ! 君がまだ生きているなんて……もう死んでいるはずの君が! こうやって私に切迫している! 私の方が今にも殺されそうだ! ああああああああ! なんっていう予想外! これ以上なく期待通り! クロムちゃんは希望だ! 私の希望だ!」

 目を見開き、ヨダレを垂らしてルナロードは口元を歪めた。声の強弱のスイッチが壊れたみたいな喋り方は、呂律が回っておらず奇妙極まる。歓喜が狂気となり、彼女のブレーキを機能不全にしていた。

「ずっとずっと、流行り物が嫌いだった。どれも似ていて飽き飽きするからね! そういう感覚、君も知ってるでしょう? でも私は気付いてしまった。流行り物以外も在り来たりで、斬新さとはかけ離れたつまらない物に過ぎないって! そう、世界の全てが! 何度も繰り返されたチープな歴史だ! その絶望が分かる? そして、その絶望から解放されつつある私の安心が! クロムちゃんには見えているか!」

 長い自分語りだった。溢れ出す感情を言葉にする事しか頭にない。一方的な吐露は、以前の彼女の『話術』とは乖離した感情的な行為だった。

「私の予想を壊してくれる人間に、ずっと会いたかった。私はやっと、私の人生を取り戻した! 50年前に消え去った、私の物語を!」

「そして今から終わる。お前の野望も人生も」

「野望? 違うね。私の些細な欲望さ。私は『悪党』じゃなくて『災害』だからね。欲のままに暴れる厄介な人災。そんな私を、君は可哀想と思ってくれるんでしょ?」

「あぁ。だから俺が助けるんだ。生きている限り、お前はまた失望するんだろ?」

 俺が『希望』だったとして。俺がお前の予想を裏切れるとして。それが永遠に続く保証は無い。お前の類稀なる頭脳は、俺の存在を再分析して自ずと『正解』の未来を導き出すだろう。そうなればまた失望の日々だ。在り来たりでチープな未来の到来だ。その前に、俺が引導を渡す。これ以上ルナロードが苦しまないように。

「かもしれないねぇ! 私はなんで、生きているんだろうねぇ!」

 ルナロードは一歩下がり腰を深く落とした。そして足の力を踏ん張り、思い切り蹴りを放った。避けきれないと悟った俺は、咄嗟に『クロミリア』の刀身で蹴りを受け止めた。衝撃は受け流したつもりだったが、クロミリアは耐えきれなかったらしい。

 ピシリ、と鋭い音がする。刃にヒビが入ったのが視界に入った時、少なからず俺は青ざめた。

「あれえ? 折れてないね」

 ルナロードはニヤリと笑い、体を一回転させた。

 今は耐えれた。クロミリアは武器としての機能を失ってない。だが、次は無い。追い詰められているのは俺も同じだ。

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