第985話 「キングクウォンテスの力」
「これは……見えてなかったなぁ」
ルナロードは手首の切断面をあらゆる角度からじっと見つめていた。俺から反撃を貰った事が信じられないと言いたげだった。いや、それを言うなら俺を殺せるはずだったのに殺せなかったのが、何より驚愕だったのだろう。
ルナロードの顔が歪む。怒るためでも、泣くためでもなく、笑うために。
「あははははははははははっ! これだよ! これこれこれ!」
反撃を許した屈辱も無く、手を奪われた痛みも無く、ただルナロードは歓喜する。常識から乖離した心の揺らぎが、これでもかと表情に表れていた。
「竜人になって初めてだ。私に一泡吹かせたのは君だけだよ。やっぱり君は特別だ! クロムちゃんの全てが欲しいよ、今すぐに!」
ルナロードの傷口は塞がり、新しい手が生まれつつあった。竜人の並外れた再生能力は、ルナロードの体にも健在だ。
だが、竜人は不死身ではない。いくら再生しようと、傷を受けた事実が無くなる訳ではない。消耗を続ければいつか血液やエネルギーが枯渇し、生命は維持出来なくなる。たった一発でも意表を付けた事実は、勝利へ繋がる微かな道筋だ。
「お前の未来予想とやらも、案外アテにならないみたいだな。勝手に未来を決め付けて、勝手に失望して、悟った気分でいたようだが。結局はお前の知ったかぶりだろ? それも、もう終わりだ」
ルナロードの『予想』はたった今裏切られた。これからの俺は、簡単に動きを読まれたりしない。ルナロードの冗談みたいなスピードにも慣れてきたところだ。
「言ってくれるじゃないか。私の呪縛を、人の叡智が為す絶望を、単なる思い込みだって? だったら更に証明してみてよ。君の力、君の可能性ってやつをさ!」
ルナロードの手は完全に再生した。手首をブラブラ動かし、ルナロードは舌を回す。
「良い事教えてあげるよ。私の能力の正体さ。私は、『キングクウォンテス』の細胞を移植した竜人なんだよ」
唐突に、自分の能力を語り出すルナロード。思わず警戒してしまう。
「何故、わざわざ情報を漏らす? そんな真似したら……」
「君が有利になる、かい? だからこそ、さ。君には私の思い通りになりやすい状況に陥って貰って……もう一度私の予想を覆して欲しい。クロムちゃんなら出来るよね?」
ルナロードは最早『戦って』はいないのだろう。新しいオモチャに喜ぶ子供のように、彼女の目は輝いていた。
「知ってる? 人が一番予想通りに動くのは、『都合のいい情報を得た時』だ。詐欺師がよく言うでしょ。この壺を買うだけで幸せになれる、とか。貴方だけに儲け話を教えます、とか。そんな甘い話に騙される人間は、思い通りに動かされる人形だ。何もかも予想通りに動く。だから君にも都合のいい情報を教えよう。私の能力とか、私の欠点とかね」
ルナロードの話術は、巧みに人の心に入り込み、支配する。言葉がルナロード最大の武器なのだ。こうやってルナロードがペラペラ喋っている時点で、彼女の『攻撃』は始まっている。
「竜人はドラゴンの部位を移植された人間だ。私の場合、腕とか足とか内臓とかを移植したんじゃなくて、それらを構成する細胞を移植したんだ。キングクウォンテスの細胞で私の肉体を再構成した、と言った方が適切かな。ドラゴンの細胞で人間の臓器を作る……これはヴォルテッシアノ人も到達出来なかった発明だよ。おかけで人の姿のまま、人知を超えた力を手に入れた。まぁそれだけなんだけどね」
「それだけ?」
「うん。炎を吐けたりとか変身出来たりとかは無理。筋肉の『高出力機構』っていうのを使ってパワーアップしてるけど、でもそれだけ。キングクウォンテスの他の特徴は有してないんだ。……あぁ、ごめん。もう一つだけあったけど、これは教えなくていいやつだよ。どうせ君には関係無い。だって君じゃ私を殺せないもん」
「強がるなよ。俺を殺し損ねたくせに」
「あははっ。そうだね。じゃあ試してみてよ。中途半端な情報を得た人間は誤ちを犯す。……果たして君はどうなのかな?」
ルナロードの殺気が濃くなる。一歩でも踏み出せば、そこはルナロードの領域だ。
「弱点を教える約束だったね。いいよ。教えてあげる。……君だよ。私を殺せるとしたら、それは私の予想を上回れる可能性のある人だけだ!」
曰く「弱点」である俺を前にして、ルナロードは一歩も引かない。むしろ愉しげに向かってくるのであった。
◯お知らせ
10月2日(水)から8日(火)までの一週間、連載をお休みします。再開日は9日(水)になります。




