第981話 「決戦への決意」
子供達が公園で走り回っている。何の気兼ねも無くはしゃげるのは、この街から病魔の脅威が去った事の証だ。今日からは、いくら疲れたっていい。病院のベッドで寝たきりになる事も無い。
かつての賑わいを取り戻したラトニアの街。けれども俺は、「いつも通り」とは思えなかった。昨日と今日は、全くもって違っている。溢れんばかりの「生」は、その陰に隠れた「死」を感じさせない。
「ロマノは、これを望んでいたんだよな」
ワクチンのおかげで、多くの患者が救われた。紛う事なきハッピーエンドだ。これが、ロマノが命を張って掴んだ未来のはずだ。
なのに素直に喜べない。世界がどれだけ満ち足りていても、少なくとも俺の心は欠けている。虚無だ。ロマノが死んだら俺はどう思うかと前に考えたが、答えは空洞だった。当たり前に存在していた人がいなくなって、心は行き先を失っている。
駄目だ。駄目だ。このままでは駄目なんだ。
ロマノは最後に、俺に何を託した? 喪失感に沈めと願ったか? 違う。ロマノの意思を俺が継ぐんだ。ロマノが積み上げてきた功績まで死なせないために。
俺はアイズの団長になろう。アイズの心はここにある。
だが、その前にやる事があった。救われない人間に、救済を。
俺は歩き出した。ロマノの意思をなぞる事が、せめてもの埋め合わせになってくれる。ロマノが隣で応援してくれる気がした。
『その調子ですよー、クロムちゃん』
あぁ、そう言ってくれ。見守っていてくれ。俺は成し遂げてみせる。昔は出来なかった事も、今なら出来る。お前が導いてくれたから。
声は止まらない。心の奥で、頭の中で、記憶の内で。ずっとずっと。
「ここに居たでござるか、クロム殿。ルナロード殿のおっしゃった通りでござるな」
特徴的な口調の男が、俺に声をかけてきた。ルナロードの護衛を務めていた、ヤマト・アンディラトとかいう竜人だ。
「竜人傭兵団が俺に何の用だ? 今は事実上の休戦中だろ」
「如何にも。傭兵に出番を求められる時間ではござらぬ。そもそも竜人傭兵団は解散したのでござるよ。ルナロード殿はもう目的を果たされたようでござるからなぁ」
ヤマトは俺を手で制して、距離を置いた。帯刀こそしていても、彼からは戦意を一切感じない。分かりやすいくらいに隙だらけだった。戦いに来た訳じゃないのは明白だろう。
「解散した? だったら尚更、俺に用は無いだろ」
「否。所属の変化など些事でござるよ。大切なのは、某がルナロード殿に忠義を尽くせるかどうか。他にはござらん」
「言ってる意味がいまいち理解出来ないんだが」
「ルナロード殿から使命を授かったのでござるよ。クロム殿に居場所を伝えるように。そして、その先の結末を見届けよと」
ヤマトは円柱状に丸められた紙を俺に手渡した。それは、ラトニア近辺の地図だった。ヤマトは地図の印を指差し、言う。
「ここにルナロード殿はおられる。某から言えるのはそれだけでござる。クロム殿がどの選択をしようと、手を出すなと命ぜられているでござるからな」
「来い、って事だな?」
「それを決めるのはクロム殿でござるよ」
遠回しなやり方だ。部下を遣わせて、地図を渡して、自分の居場所だけを伝えさせた。ルナロードのやり方はいつも間接的だった。
「もう決まっている。ちょうどあいつに用があった所だ」
俺の心を見透かされているようで気に食わない。いや、実際見えてはいるのだろう。俺の未来も、あいつの未来も。
「左様でござるか。ならば某、遠くから見守らせて頂くでござるよ。決して邪魔はしないと誓うでござる」
ヤマトは一礼して俺を見送った。立ち止まってはいるが、後から俺を追跡する気だろう。俺の視界の外から、俺に気配を悟られないように尾行するなんて、ヤマトくらいの実力者でなければ不可能だ。だからこそ、ルナロードはヤマトを選んだのだろう。
舞台が整いすぎている。全てルナロードの手のひらの上だ。地図で示された『集合場所』を見て、俺は確信した。あの場所を指定するのは、どう考えても意図的だ。何の嫌がらせのつもりか、それとも意味を含んでいるのか。
いいだろう。お前が俺達を手の上で踊らせている気なら。遠く離れた場所で世界を見据えているつもりなら。お前のその傲慢を、思い上がりを、全て粉砕してみせる。
それが、俺の戦う理由だ。
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