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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第976話 「悲報」

 急にウォレットの声が聞き辛くなった気がした。俺の警戒心が咄嗟に塾考し始めて、考えたくもない光景が次々と鮮明に脳裏に映る。視界が歪む。口の中に苦いものが広がる。動悸が止まらない。暑くて、寒くて、狂ってしまいそうだった。

『……クロム嬢? クロム嬢? 聞こえているかい?』

 ウォレットが不安げに尋ねてくる。かろうじて、俺は「あぁ」と呟き返す事が出来た。

『僕様もついさっき知ったばかりでね。ラトニアには医療部隊を手伝いに向かわせているけど、誰よりもロマノ嬢の元へ向かうべきは君だ。君がアイズとしての使命を果たしたいのは分かるが、ロマノ嬢もきっと君を待っている。だから……』

「分かってる」

 声に出した後に、強い語気になってしまったと自覚した。ウォレットが言葉を途切らせたのが、それをさらに証明している。

 分かっていたんだ。そんな気はしていた。シアノ熱が全世界に広がっていると聞いた時、ロマノだったらどうするか真っ先に頭に浮かんだから。間違いなく、ロマノも俺と同じように動いている。病に喘ぐ人達のために親身になるに決まってる。そして、ロマノの場合、自分の疲労を度外視するだろうとも気付いていた。

 新型シアノ熱は命までは奪わない。疲れたりして体が弱った者以外は。

「頼む。俺を連れてってくれウォレット。早く」

 言葉と言葉の隙間が段々と短くなる。焦りは少しも隠れていなかった。

『……そうか。もちろん、一刻も早く手配するよ。君が望むのなら』

 ウォレットは意外に思っているのかもしれない。ランクトプラスを脱出する手段を得た時、俺は残す道を選んだ。「まだ助けるべき人がいる」と言い。だから、その決意が何よりも固いものだと思ったのかもしれない。

 だけどそうでもなかった。驚くなら存分に驚いて構わない。ロマノが倒れても揺るがない覚悟など、俺には無くていい。


 ウォレットとの通話が終わった後、どうやって休憩室まで歩いてきたか覚えていない。呆然と天井を見ていた俺を正気に戻したのは、エリックの声だった。

「クロム。どうかしたか?」

「……エリック」

 俺は事情を話した。上手く話せていたか分からないが、とにかく話した。エリックはまっすぐに俺の目を見て聞いてくれて、頷いた。

「行けよ、クロム。行かなきゃダメだ。大丈夫。ここの仕事は全部俺に任しちまえばいい」

 躊躇いなさげにエリックは言った。エリックは昔からこうだった。俺と共に立って、俺だけで足りない部分を背負ってくれる。過剰に手助けせず、それでいて俺を見てくれている。俺が安心してアイズの活動を続けられたのは、いざという時に頼れる仲間がいたからだ。

「……ロマノは、怒らないだろうか。自分の不安を拭いたいがために役目を放棄する、この俺を」

「怒る訳ねーだろ! だってあのロマノ団長だぜ? それと、放棄したとか言うなよ。俺達全員でクロム隊だろ? ほら、分かったらさっさと支度しろよ。俺の好きなお前は、自分の足で前に進める女だぜ」

 エリックは俺の背中をパンパンと叩き、笑った。エリックの手を握ろうとした時、休憩室にレジスタンスの女性が入って来た。曰く、「エリックさんにお客さんですよ」だとか。

「客? 俺にか? 誰だ」

 エリックは彼女に連れられ、『客人』の元へ向かう。

「じゃ、またラトニアで会おうぜ! ロマノ団長によろしくな!」

 エリックは手を振って、俺の前から去った。俺一人残された部屋は静寂に浸る。胸に手を当てても、やはり静かだった。


 準備を整え、俺は約束された場所に立っていた。他のみんなにも、事情は伝えてある。ユリーナ辺りが同行を願うかと思ったが、彼女は医療現場に残る選択をした。俺を心配させないためか。ユリーナなりに気を遣ってくれたのかもしれない。

 何となく、みんな分かっていたんだ。ロマノがシアノ熱で倒れた事の意味。決して、楽観視出来る状況ではない。希望なんて残ってないかもしれない。だからこそ……。

 あいつの側にいるべきは、俺なんだ。

「行こう」

 俺は目を逸らさない。たとえ絶望に満ちた現実だとしても、俺は見届ける。

 ウォレットが手配してくれた飛行機が、アジト前に到着した。俺は一歩を踏み出す。飛行機の音が、やけに煩かった。

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