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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
最終章 人類絶滅災害編
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第974話 「母と娘の戦い」

 お待たせしました。連載再開です。

「忌々しい。実に忌々しい女だ」

 ルナロードとの邂逅から帰る最中、オーディンは彼女に一太刀与えた瞬間の事を思い出していた。避ける隙を許さない程の速度で斬ったはずで……実際、避けられてはいなかった。しかしそこに勝利への手応えは無く、さしたる意味も無かった。

「観察しておったな。己の手首が切断される様を、じっくりと!」

 オーディンの斬撃など、ルナロードからすれば容易に視認出来る速度だった。避けようと思えば避けられる。ルナロードはあえて斬撃を受けて、オーディンの動きを観察したのだ。

 これを余裕と呼ばず何と呼ぼう。オーディン・グライトさえも、ルナロードにとっては観察対象でしかない。本当に恐るべき脅威だとは感じていない。何故ならオーディンの言動もまた、『予想通り』だったからだ。殺し合いに発展しても負けるだなんて思いはしない。余裕で捻じ伏せられる気でいるのだ。


 その態度が不愉快極まりなかった。だが同時に、「あれには勝てない」とオーディンは素直に認めていた。オーディンがルナロードの『予想通り』に動く以上、オーディンの攻撃は簡単に対処されてしまう。常に一歩前を進むルナロードに、勝てる道理は無い。身体能力や戦闘技術では届かない場所に、彼女はいる。

 あの史上最悪の『災害』が、想像以上に厄介だとオーディンは気付いた。比喩でも誇張でもなく、人類を絶滅させるだけの力があの女にはある。人の形をした天災に、オーディンは敵わない。『悪』は人の敵として立ちはだかるものであり、天災の敵にはなり得ないからだ。

 ルナロードを止めるには、彼女の予想を裏切らねばならない。そして、その役がこなせるのはオーディンではない。『悪』でも『善』でもなく、全く異なる立ち位置にいる者ならばこそ、ルナロードを打ち倒せる。その役が誰なのか、オーディンは知っていた。


 いずれ気付くだろう。世界の理不尽さを、人々の嘆きを、見捨てられない。そういう人間だから。

 故にオーディンは絶望しなかった。理外の脅威を前にしても、足を止めなかった。自分のやるべき事を理解している者は道を迷わない。

「ノーラ。研究の進捗はどうだ」

 世界各地に点在しているイーヴィル・パーティーのアジト。その中には、ノーラ用の小さな研究施設もあった。アジトに帰ってきたオーディンは、真っ先にノーラの元へ顔を出した。

「理論通りなら、これで完成です」

 ノーラは試験管を振って中身の液体を見つめた。この透明な液体が、人類の希望だ。

「おぉ、やるではないか。それが新型シアノ熱のワクチンなのだな」

 新型シアノ熱の蔓延を知ったノーラは、早々にワクチン開発に取り組んでいた。これは自分がやるべきだと確信していた。そして、自分には出来ると信じていた。

「早速投与してみるか」

「まだ実験段階ですので、安全は保証されていません。効果が出ない可能性もあります」

「そういうものなのか」

「そういうものです。研究は大抵、予想通りにはいかないんですよ。だからこそ面白いのですが」

 かつて、ルナロードは旧シアノ熱のワクチン開発に成功した。当たり前のように置かれていたワクチンを目の当たりにして、ノーラは正直嫉妬した。表情には出さなかったが、科学者としての矜持が黙っていられなかったのだ。母は息をするような気軽さで、史上最悪のウィルスのワクチンを作ってみせた。桁外れの天才だ。あの天才を、ただ見上げるだけでいいのか。そんなはずはない。ノーラの探究心は燃え上がった。

 ノーラは自覚している。間違いなく、自分は母には及ばないだろう。どちらも「天才」と呼ばれた親子だが、同じ「天才」の枠でも次元が違う。

 だが、この一点。新型シアノ熱の研究においてなら、同じ目線に立てた気がした。これは母と娘の戦いでもあったのだ。シアノ熱で世界を滅ぼそうとするルナロードと、それをワクチンで止めようとする娘。人類の存亡が、そのまま親子対決の勝敗を示す。


 出来るものなら聞いてみたい。「母さん。貴方はこの未来を予測していましたか?」

 渾身の出来であろう新型シアノ熱のウィルスを、娘に呆気なく対処された気持ちはどうですか? 人類が生き延びて嬉しいですか? それとも悲しいですか?

 どちらでも構いません。ここに証明してみせます。人類は簡単に滅亡したりしない。人の英知は、貴方の想像よりずっと強いのだと。人の限界を勝手に決めて、「予想通り」だと勝手に失望していた貴方に、私の希望を見せてあげます。


「実験が終了し、実用段階に移った暁には、大量生産体制を整えて各国に配ります。ミカウツ家辺りに協力を頼めば、つつがなく進むでしょう。オーディン様は、今後如何致します?」

「ウォレット・ミカウツか。あの男の力があれば順調であろうな。良いぞ。懸念が一つ減った。我が輩はもう一つの懸念を潰しに行く」

 オーディンが何を言いたいのか、ノーラは分かっていた。彼女も同じ事を考えていたのだ。

「オーディン様。やはり……」

「あぁ。クロムに会いに行くぞ」


              *  *  *

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