第971話 「オーディンVSアレイシア」
「見つけたわ、オーディン・グライト!」
ルトゥギア国のとある農園にて。お尋ね者は発見された。しかしオーディンを追う彼女はランクトプラスの人間ではない。オーディンが軍事放送で啖呵を切ったのは全く無関係に、アレイシア・ルーンはオーディンを探していた。
「貴様は確か……クロムの友人であったか。我が輩に何の用だ。今は食事中なのだが」
そう言ってオーディンは、畑の野菜を奪い取って噛り付いた。唐突に現れたアレイシアを、意にも介さない。前にルタ大陸で出会ったような気がしているが、あまり印象に残っておらず、どうでもいいと判断した。
「食事って……あんたねぇ。ここ、あんたの畑じゃないでしょ? 窃盗じゃないの」
「言うに及ぶまい。我が輩はイーヴィル・パーティーであるぞ」
「まぁいいわ。あんたの悪行を咎めてる暇は無いの。でも、一つ見逃せない事がある」
アレイシアは背中に抱える大剣を構えた。『責務の一振』を装備して来た、それは強敵と対峙する覚悟を意味する。
「イーヴィル・パーティーが最近、ルナロード様の事を探ってるって耳にしたわ。一体何のつもり? 回答次第では……」
「我が輩を斬る、か? 出会い頭に脅迫するとは、まるで我が輩のやり口ではないか。貴様には相応しくないぞ」
剣を向けられてもオーディンは冷静だった。軽い口調で笑い、次の野菜を手に取る。
「アタシは本気よ! ルナロード様を害するつもりなら、誰であろうと排除する……それがアタシの責任だから!」
アレイシアがルナロードの従者としての責務を忘れた日は無かった。ルナロードが何を考え、何を求めているのかまでは彼女には分からない。だが、ルナロードを守らねばという責任感は確固たるものだ。主人の敵になり得る存在を知れば、斬りに行くのが責務だろう。
「ドラゴン共を仕向けたのも、世界中でシアノ熱患者が増えているのも、ルナロードという女の仕業なのだろう? ノーラの推測だがな。それが事実だとしたら、実に気に食わん。斯様な役割は、我が輩がやるべきであろう。人類に仇なす大災害など、他の者には大役が過ぎる」
オーディンは逃げも誤魔化しもせず答えた。オーディンはルナロードを知らない。娘であるノーラからの伝聞で人物像を想像する他ない。それだけでもう、ルナロードが相容れない敵だと認識した。ルナロードの所業は、まるで『人類の敵』だ。ルナロードの存在が広く知られれば、人々の憎しみは彼女に向くだろう。それはオーディンにとって認め難い屈辱だった。『人類の敵』の役は、他の誰にも渡したくはない。
「貴様、ルナロードの召使いの類か? 奴の居場所を知っておるようだな。丁度良い。ルナロードはどこにいる? 案内しろ」
そこそこ腹を満たしたオーディンは、野菜を掴む手を止めアレイシアを睨んだ。見る者を凍らせるような眼差しに、アレイシアさえも慄く。だが、オーディンの威圧に屈して主人の居場所を吐くようなアレイシアではなかった。
「言わないわよ! あんたはここで徹底的に痛め付けられて、二度とルナロード様に逆らおうなんて思わなくなるのよ!」
「ほぅ。随分と威勢が良いな。だがな……」
オーディンは不敵に頬を歪めた。その瞬間、アレイシアの視界は渦を巻いた。困惑する隙も無く、彼女はオーディンの姿を見失う。青い空と白い雲だけが見えていた。
「……え」
アレイシアは小さく声を漏らした。転ばされたのだと気付いたのは、畑の土の感触を背中に感じた後だった。
「まだ言葉が甘いぞ。『痛め付ける』? 違うな。ここは『殺す』と言うべきであろうが」
アレイシアを見下ろし、オーディンは言った。低く轟く声は、彼の慈悲の無さを物語っていた。
「ルナロードの居場所を言え。さもなくば、殺す」
一切躊躇の無い、それでいて殺意の籠った声。その意思が『本物』だと、アレイシアにはひしひしと感じ取れた。相手が嘘を言っているかどうかくらい、『アイズ流護身術』の熟練者なら分かる。
「……っ! アタシの、責務は、軽くないのよ!」
アレイシアは素早く立ち上がり、『責務の一振』を再び構えた。二度と油断などしない。甘えは捨ててやる。強い戦意と警戒心を持って、彼女はオーディンと対峙した。
「ふむ。少しは良い目になったな。小娘よ」
「舐めないでよね。酒を嗜む程度には大人よ」
「そうかそうか。サジェッタと飲み比べてどちらが先に潰れるか、見てみたいものだが。残念だな。貴様はもう、酒の味に喜べまい」
オーディンは『加害の一振』を抜いた。世界を巡ってルナロードの情報を探している内に、思わぬ有力情報源が飛び込んできた。これを見逃す手は無い。
「その余裕も今の内よ!」
アレイシアは『責務の一振』の刀身をまざまざを見せつけた。『刀身』と呼ぶにはあまりに装飾過多な、機械の刃。太く大きなその剣は、人を斬るための武器にあらず。敵を責任の重さで潰し、動けなくさせる武器。言わば心を折る剣。
「アレイストラ、発動!」
アレイシアは『責務の一振』の名を呼んだ。奥の手を隠すような余裕は見せない。相手はあのオーディン・グライトなのだ。最初から全力で叩き潰す他に勝機は無いと知っていた。
「……む? これは」
オーディンはすぐに違和感に気付いた。『責務の一振』を見ていると、体が上手く動かない。全身に石が乗っかったように重くなる。体には重い物なんて乗ってないはずなのに。
「もう遅いわ。これが『アレイストラ』の能力! あんたは文字通り手も足も出なくなったのよ」
『責務の一振 アレイストラ』は、刀身に接続されたランプの光を見せる事で、対象の動きを制限させる。体が重くなったように感じるのは、『責務の一振』が光を通して伝えた「動くな」の命令を脳が受理しているからだ。どれだけ「動け」と意思を強めても、脳が拒んでいる限り動けはしない。脳は、『責務の一振』の命令を責任を持って遂行する。
敵の行動を阻害する点においては、『責務の一振』と『加害の一振』は似ている。この二本が対峙した時、勝利を握るのは先手を取った方だろう。アレイシアはそれを分かっていたから、出し惜しみはしなかったのだ。
「……やるではないか」
露骨に焦っている様子は無いが、今のオーディンが対抗策を練っているのをアレイシアは察した。『責務の一振』の能力を初めて受けて、冷静でいられるだけ賞賛に値するだろう。しかし対処など出来まい。『責務の一振』の弱点を初見で見抜いたのはエリックとロマノくらいだ。仮に気付けたとしても、その『対策』を実行に移せる覚悟はそうそう捻り出せるものではない。
「ルナロード様の邪魔は……誰にもさせない!」
アレイシアは『責務の一振』を振り下ろした。成人男性くらい大きく、岩のように重い刃が、オーディンの頭を狙う。剣が届こうとする瞬間、時間がゆっくりになるのを彼女は感じた。
剣が止まったようだった。否、実際に止まっていた。時間がちゃんと進んでいるかどうか、危うく確認しそうになる程の光景がそこにあった。
オーディンは大剣を掴んでいた。そして彼は、目を閉じていた。




