#9 初対面の人と話すのは駄目ですか?
「ノカゼちゃん、待った?」
「待ってない。エルルも長かったね。本を借りに行っただけなのに……っ!?」
ノカゼと言うは肩あたりまで髪がある。どこかエルルと雰囲気が似ているように感じる。そのピアノを堂々と弾いていた姿とは打って変わり、朝明を見たら驚く。
「エルル。この人だれ?」
「この人は、さっき図書館で本を取ってもらった朝明先輩です」
「本を取ってもらった?」
懐疑的な視線を送る。エルルにひとつひとつ確認する態度は、まるで裁判官か何かのようだ。
「うん、エルルが本が取れなかったところを、先輩が取ってくれたの。それで、先輩が転校生で、来賓室の場所がわからなかったから、これから案内するの」
「転校生が図書館で、場所がわからない。普通職員室で聴きますよね?」
いまだに疑っている表情を浮かべる。エルルが先輩と言ってために、ノカゼは丁寧な物言いで尋ねるが、語気は強かった。
「そうだな、そういえば」
朝明は顔を引きつらせる。思うに、最初から職員室で場所を聞けばいいだけの話だった。その通りのことを言われて朝明はあいた口がふさがらない。
「そうですよね。それをわざわざ図書館にたどり着いて、エルルの本を取るって怪しくないですか? エルル、こんな人のいうことを聞いちゃダメ」
ノカゼは朝明を敵として認識したのか、どんどん攻める。その攻めに、なす術もない朝明は冷や汗が流れる。
「待って待ってノカゼちゃん。先輩は本のにおいがしたから、図書館に着いただけで、エルルと出会ったのも偶然だって」
助け船を出したのはエルルだった。手を大きく動かしながら必死に何かを伝えようとする。ノカゼはまだ疑っている。
「本のにおい……」
視線を朝明から外さない。値踏みしている。しかし、本のにおいという言葉に反応した。
「それなら、朝明先輩を早く案内して、帰ろう」
「うん」
ノカゼは一つため息をつくと、グランドピアノの鍵盤を布で拭いた後、鍵盤蓋を閉じる。
「朝明先輩、エルルがやさしいからって付け上がらないでくださいね」
「わかったよ。ノカゼで名前はいいんだよな?」
睨みを利かせるノカゼにたじろく。信頼されていない証でもあった。
「はい、乃風でいいです」
エルルを先頭にその後ろにはノカゼがぴったりとついていく。そうして、最後に朝明が出た。ノカゼはポケットから鍵を取り出して鍵をかける。
「ノカゼちゃん、来賓室ってわかる?」
「わからない。行けばわかるんじゃない」
一度通った階段を下りていく。3人が並んでいるが、エルルが一番左で次にノカゼ、朝明と完全に隔離されていた。
エルルとノカゼの会話が進む。それを何気なく聞き入る朝明。仲の良さは会話のテンポといい、一目見るだけでもわかる。
ノカゼも、エルルの前では楽しそうに笑う。きつい感じがしたが、それは朝明の前だからだ。廊下を歩いていると、
「先輩は、どこ出身ですか?」
エルルが話を振ってくる。
「それは、東のほうだ」
どう答えいいのかわからなかった。とりあえず答えるには答えた。
「東のほうですか。それなら、このタカテハラは初めてですか?」
「そうだな、初めて来た場所で、何がなにあるのかわからない」
朝明は事実、この世界自体はじめただ。これ以上、この話題に突っ込まれたくなかった。墓穴を掘って自爆しそうな気がしてならない。
「エルルはどこ出身なんだ?」
話題を変えたかったら、同じ質問をする。これは、英語の授業で習う、誰も知っている会話の方法である。
「エルルは、タカテハラ出身です。この街生まれ、この街育ちです」
タカテハラは学校以外にも街としての機能があるらしい。
「エルル、そんな自分のことを簡単に話したらダメだよ。なにされるかわからないから」
ひどい言われようである。
「そういうノカゼはどこ出身なんだ?」
「ノカゼちゃんは、先輩と同じ東のほう出身です。だよね?」
「だから、エルルはそんなこと言っちゃダメ」
この反応を見ていると、朝明も心配になってくる。それと、なんだかんだとノカゼが世話を焼いている。
「先輩! この街が初めてなら案内しましょうか? いろいろといい場所があるんですよ」
目をキラキラさせんがら話すエルル。見ているだけで幸せな気持ちにさせるというか、人を和ませる。
「そうか、ありがとうな」
厚意を無下にもできずに、とりあえず頷いておく。
「それなら、明日とかどうですか?」
エルルが前のめりの感じで聞いてくる。
「明日は、私と一緒に街のイーストタウンにいくんだよ。だから、朝明先輩、明日無理です。というより、今後会わないでしょうから」
「そうだった。すいません、先輩。明日はノカゼちゃんのほうが先約でした。またの機会がありましたら、ぜひぜひ」
朝明は苦笑いをする。ノカゼとエルルの対応の違いには苦笑しかできない。
「まぁ、またの機会があったらな」
「はい」
エルルの嬉しそうな楽しそうな笑みを浮かべる。
「だから、こんな怪しい人に、そんなおせっかい焼かなくてもいいの」
ノカゼがたしなめる。まったく聞く耳をもたないというより、「大丈夫だって」で押し切るエルル。そんな光景を後ろから眺めていると、
「先輩、どうしました?」
「朝明先輩、早くいきますよ」
「はいはい」
こうして朝明たちは目的の管理棟についた。