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#7 本の匂いに釣られることは駄目ですか?

「これじゃなかった?」

「いえ、それです」

 顔をよく見ると、瞳が大きく可愛らしい顔であった。表情は驚いたような、怖がっているようだ。初対面の人物に警戒している。

「はい」

「ありがとうございます」

 朝明は手渡す。少女はおっかなびっくりとした様子で受け取る。

「この本です。ありがとうございます」

 分厚い単行本を胸元に抱え込む。地味な表紙で絵は描かれておらず、横文字のアルファベットもどきが書かれていた。

「…………」

 少女は、ヘビににらまれたカエルのごとく動かない。本を貰ったら動いてもいいのに、少女は固まっている。

「あの、その本、どんな内容?」

「え、えっと。この本は、小説です。昔の物語が描かれています」

 朝明は場の空気をどうにかするために、あえて少女に質問してみる。普通ならナンパと間違えられるのだが、少女は律儀にも答える。

「騎士と魔法使いのお話です。天使と悪魔が襲来した数百年も前の王国が舞台の、忠実を元に書かれた小説です」

 騎士、魔法使い、天使、悪魔と言葉を聞けば、どこにでもあるファンタジー小説を思い浮かべる。もしくは過去の音楽、絵画、小説に出てきそうなものだ。

「忠実が元なんだ」

「そうです。この本の作者は、続きとして書いていて、全5巻あります。そのうちの2巻目です。この本は、いくつかの話を複合させていて、ひとつの歴史を叙述じょじゅつしている作品です。天使と悪魔が襲来したときの出来事を、その当時の人の絶望や希望を忠実に描き出そうとしている面白い作品です」

 少女は熱心に、本の面白さについて語る。本を読む人は他人に何かを知ってほしい、共有してほしいという気持ちが強いのかもしれない。それに耳触りの良い声で語られると、ついつい聞き入ってしまう。

「あっ、すいません。話しすぎました」

 我に返って恥ずかしくなったのか、頭を下げて照れた様子を誤魔化す。

「いや、面白そうだね」

「そうです。面白いです。この作者、あんまり人気がないですけど、面白さではずば抜けてエルルがお勧めします」

 少女というより、自分でエルルと名乗ったために、エルルであろう。エルルは前のめりで言う。

「あの上にあるのが一巻です。ぜひぜひ読んでみてください」

 隙間の横にある本を指さす。全5巻が並んでいる。どれも地味な背表紙だが、1巻ずつ色が違った。

「転校してきたばかり、まだ貸しだしはできないだろうな」

 文字が読めないということは伏せておく。文字が読めない人物が図書館にいるのは怪しまれるし、何より文字が読めないことが怪しまれそうだ。

「転校生ですか。この時期に珍しいです。何年生ですか?」

「1年生なのかな」

 クレアの担任に行くことになった。ちょうどクレアのクラスには、ノエルとフローラもいたために、朝明と羽衣は、そのクラスに転校する運びとなったのだ。

「それなら、先輩ですか。すいません、こんなになれなれしくして」

 今更だが、制服の形が、ノエルたちの着るものと違っていた。

「先輩って?」

「転校生なら知らないかもしれませんけど、この学校は中等部と高等部に分かれています。でも、図書館のような施設は供用で使っています。だから、中等部と高等部の明確な区別はないです。見た目から、先輩は、中等部の1年に見えませんし」

 中等部と言われると中学1年生のことだろうが、確かに朝明の格好では、中学1年生には見えない。朝明の呼び方は先輩というのに決まったようだ。朝明も先輩と呼ばれることに悪い気はしなかった。

「かたっくるしいのは苦手だから、なれなれしくてもいいのだけどな、自己紹介がまだだったな、鉄朝明だ」

「そういえば、名前を言ってませんでした」

「エルルでいいか?」

「はい、エルル名前を言いました?」

「ほら、今言っただろ」

「あっ、そういえば、はい」

 自分の一人称を思い出して、口を手でおおう。朝明は笑うしかなかった。ただし、図書館の中であるため、小さく笑う。


「ところで、エルル。すまないが、管理棟の場所教えてくれないか?」

「管理棟ですか?」

「転校してきたばかりで、場所もわらなくてな、道に迷っていたところ、この図書館にたどり着いたんだ」

「本の匂いに誘われてですか?」

「そうそう」

「わかります。何か落ち着くような、そんな匂いがしますよね」

 本を抱きしめながら力説するエルルは、なんだか可愛らしかった。

「だから、匂いにつられて図書館に来てしまったわけだけど、よかったよ。こうしてエルルに出会えたから」

「そ、そうですか」

「管理棟の行き方教えてくれるか?」

「はい、一緒に行きましょう」

「いいの?」

 初対面の人物を案内するというのだ、ついつい聞いてしまう。

「はい、言葉で言うより、一緒に言ったほうが正確です。管理棟ですよね?」

「そうだ。管理棟の来賓室に行きたいんだ」

「来賓室ですか?」

 よほど珍しい場所なのか首をかしげる。

「とりあえず、行ってみましょう」

「頼む」

 本を胸元に抱えた少女エルルと共に図書館を出る。落ち着くような、そんな匂いが微かに漂っていた。


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